2023年1月23日月曜日

デジタル植民地主義とどうやって闘うか

デジタル植民地主義とどうやって闘うか
 
ここ数年でグローバル・サウスの活動家や研究者から提起されているのが「デジタル植民地主義」への批判とオルタナティブである。ビッグ・テックとの闘いは主に欧米の市民社会が牽引しており、その成果は確実に広がっている。しかしともすればそれは単に先進国の市民の利益のみを目指す運動で終わる危険性があると、グローバル・サウスは指摘している。以下はデジタル植民地主義の問題を発信する研究者の一人、Toussaint Nothias氏の論文の翻訳である。
 
Toussaint Nothias
https://www.bostonreview.net/articles/how-to-fight-digital-colonialism/?fbclid=IwAR1d3FKpHsGRTiLLWAaZXlKs_-PxmFlaNAtO8ZMuUP6jjAqVkBqQkuXuelM
 
昨年1月6日は、親トランプ派の暴徒が米国連邦議会議事堂を襲撃した日として歴史に刻まれることになるだろう。しかし、ラテンアメリカ、アジア、アフリカに住む何百万人もの人々にとって、この日はまったく異なるもの―WhatsAppからの異常な通知が届いた日であった。
 
WhatsAppは世界で最も人気のあるメッセージ・アプリであり、20億人以上のユーザーを誇っている。Facebookは、WhatsAppが世界的な成長でFacebookのメッセンジャーを上回り始めた後、2014年に約220億ドル(テック史上最大の買収の一つ)でWhatsAppを買収した。2016年には、WhatsAppはグローバル・サウスの何億人ものユーザーにとって、インターネットコミュニケーションの主要な手段となった。
 
WhatsAppは2009年に設立され、ユーザーの個人情報を絶対に売らないという約束をし、Facebookによる買収時にもその信条は再度述べられた。しかし、昨年1月、WhatsAppは利用規約とプライバシーポリシーの更新を開始し、ユーザーに対して通知を行い、新たな規約に同意するよう促した。新ポリシーによると、WhatsAppはユーザーの電話番号、デバイス識別子、他のユーザーとのやり取り、支払いデータ、クッキー、IPアドレス、ブラウザーの詳細、モバイルネットワーク、タイムゾーン、言語を含むユーザーのデータを親会社と共有できるようになった。実際、WhatsAppとFacebook間のデータ共有は2016年に始まっていた。2021年における違いは、ユーザーがオプト・アウトできなくなったことだ。ユーザーが新たなポリシーを受け入れなかった場合、アプリの機能が低下し、やがて使えなくなるのである。
 
WhatsAppの事例は、ビッグ・テックがグローバル・サウスにおけるコミュニティに蔓延し、有害な影響を与えている一例に過ぎない。これは、独占的な市場での地位がデータの抽出を生み、人々が選択肢や説明責任のための正式なメカニズムを持たないままプラットフォームに依存することを物語っている。これらの問題は世界中で起きているが、その有害な結果はグローバル・サウスでより大きくなっている。
 
例えば、オンライン上の偽情報の例を見てみよう。ミャンマーの活動家たちは何年も前から、ロヒンギャに対する暴力を助長する役割をフェイスブックが担っていると訴えてきた。しかし、最近アムネスティ・インターナショナルによる報告書が明らかにしたように、こうした懸念は聞き入れられてこなかった。一方、フィリピンでは、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領による権威主義的な政府がソーシャルメディアを武器にした。2015年、ジャーナリストでノーベル賞受賞者のマリア・レッサと彼女が創設した新聞社Rapplerは、フィリピン人に基本的なオンラインサービスへの無料アクセスを提供するため、Facebookと提携し、Internet.orgイニシアチブを開始した。しかし、2021年までに、アルゴリズムによる大規模な偽情報の拡散を何年も目撃してきたレッサは、テック業界で最も声高に批判する人物のひとりになっていた。ミャンマーでもフィリピンでも、フェイスブックが「無料」アクセスの取り組みを積極的に推進したことで、ネット上の偽情報の拡散が加速された。
 
このようなグローバル・サウスの課題に対応するためのテック企業の投資は、米国での取り組みと比較すると見劣りがするものだ。内部文書によると、フェイスブックは、米国のユーザーは世界全体の10%未満しかいないにもかかわらず、誤情報に充てる予算全体の84%を米国に割り当てている。驚くことではないが、Mozilla財団は最近、TikTok、Twitter、Meta(Facebookが今年ブランド名を変更したもの)が、ケニアの大統領選挙の際に各種の地元の選挙法に違反したことを明らかにした。つい数カ月前には、NGOのグローバル・ウィットネスが、2022年のブラジル選挙前、メタが不正な選挙関連情報を含む広告を出稿したという同社の方針を検証した。その結果、それらすべての広告が、同社の選挙広告ポリシーに真っ向から違反するものだったことが証明された。グローバル・ウィットネスは、ミャンマー、エチオピア、ケニアでも同様のパターンを確認している。
 
テック系企業は、技術者が「低リソース」と呼ぶ言語での誤情報や偽情報を把握するのは困難であると頻繁に述べ、この問題を解決するために必要なのはより多くの言語データであると主張する。実際にはこの問題の多くは、ヨーロッパ以外の地域に対する投資不足に起因している。ケニアの事例では、メタ社のシステムはスワヒリ語と英語の両方でヘイトスピーチを検出することができなかったが、データ不足が原因であるとされた。一方、ビッグ・テックのコンテンツ・モデレーターは主にグローバル・サウスに存在し、その多くが劣悪な環境で働いている。
 
このような懸念の構図から、サリータ・アムルート、ナンジャラ・ニャボラ、パオラ・リカーテ、アベバ・ビルハネ、マイケル・クェット、レナータ・アビラなどの学者や活動家は、ビッグ・テックが世界に与える影響をデジタル植民地主義の一形態として特徴付けている。この見解では、主に米国を拠点とするテック企業は、多くの点でかつての植民地大国のように機能している。これら企業は、拡張主義的なイデオロギーに基づき、世界規模で自社の経済的ニーズに合わせてデジタル・インフラを整備している。彼らは、低賃金で社会から疎外された世界中の労働者を搾取している。そして、ほとんど説明責任を果たさず、地域社会に有害な影響を与えながら、途方もない利益を得ている。
 
主に白人で、男性で、米国人のソフトウェア技術者からなる小さな集団によって設計された社会的慣習を制度化し、彼らが進出しようとする社会の自己決定を後退させる。そして、これらすべてをいわゆる「文明化」という使命に結びつけたかつての植民地支配者のように、彼らは「進歩」「開発」「人々を結びつける」「善行」という名の下にこれらすべてを行うと主張している。
 
しかし、不当な力が存在するところには必ず抵抗がある。世界中の活動家たちは、デジタル正義という独自の対抗的なビジョンをもって、デジタル植民地主義の台頭に対応してきた。
説明責任を求め、政策や規制の変更を要求することから、新たな技術を開発し、これらの議論に多様な大衆を巻き込むことまで、グローバル・サウスのデジタル権利コミュニティは、すべての人にとってより公正なデジタル未来への道を指し示している。彼らは困難な闘いに直面しているが、すでに大きな成果を達成し、拡大する運動の触媒となり、そして変革のための強力な新戦略を開発している。その中から特に3つを挙げてみよう。
 
戦略1: 言語を見つける
デジタルの権利に関する議論は、誰にとっても難解に見えるだろう。しかし、米国内の関係者の影響力が非常に大きいため、英語を話さない世界人口の4分の3にとっては極めて不透明で、これらの問題について話すための母国語の専門用語が不足している。ナイロビ在住の作家であり活動家でもあるナンジャラ・ニャボラは、この課題を解決するために「スワヒリ語デジタル権利プロジェクト」を立ち上げた。世界中の人々が自分たちのコミュニティで、自分たちの言語でこれらの問題を議論することができなければ、デジタル政策に関する包括的で民主的なアジェンダは存在し得ないというのが、単純な事実だ。
 
Nyabolaは、ケニアの作家グギ・ワ・ジオンゴの母国語であるアフリカの言語で書こうという反植民地主義者としての呼びかけの基礎となった作品からインスピレーションを得た。昨年から、Nyabolaは東アフリカの言語学者や活動家と協力し、デジタルの権利や技術に関するキーワードにスワヒリ語の翻訳を提供し始めた。この共同作業の一環として、Nyabolaと彼女のチームは、スワヒリ語で出版している地元や海外のメディアと協力し、技術問題の報道をする際にこれらの語彙を採用するよう働きかけた。また、この地域の学校で配布され、図書館で販売される単語帳も開発し、さらにオンラインでも入手できるようにした。
 
このプロジェクトの力は、そのシンプルさ、共同作業という性質、そして簡単に再現できることにある。このビジョンの核心は、人々は自分たちの生活を形成しているシステムについて、文脈化された知識を得ることで力を得るべきであるということだ。もしグローバルなデジタルの権利に関する提言が世界中の多くの人々にとって意味のあるものになるのであれば、このような辞書を数多く開発する必要があるだろう。
 
戦略2:世論を集める
デジタルの権利に関する提言は、その根拠となる法律により、しばしば規制を変えたり規制に影響を与えることを指向する。この活動は、時に法律の専門家による技術的な事業へと発展することがあるが、広く世論を形成することも、政策を変える上で中心的な役割を担っている。2015年にインドの活動家が主導したネット中立性(インターネットサービスプロバイダは干渉や優遇措置なしにすべてのウェブサイトやプログラムへのアクセスを許可すべきであるという原則)を求めるキャンペーン以上にその例はないだろう。
 
Facebookは2013年、Internet.org(後にFree Basicsと改名)を立ち上げた。これは、フェイスブックが管理するポータルを通じて、世界中のユーザーがデータ料金なしで選りすぐりのオンラインサービスにアクセスできることを目指していた。この提案は、グローバルな展開とユーザー増というFacebookの野心的な戦略の中心をなすものだった。
 
偶然にも、2015年にインドでFree Basicsが導入されたとき、インドでは「ゼロレーティング」(オンラインサービスへのアクセスを「無料」で提供する慣行)に関する新たな議論が始まっていた。当時、いくつかの通信事業者はゼロレーティングの導入に熱心だったが、デジタルの権利活動家はこれをネット中立性の侵害だと断じた。
 
ゼロレーティングの明確な例として、Free Basicsは避雷針となりました。地元の活動家、プログラマー、政策の専門家は、このプログラムに強く反対するSave the Internetというキャンペーンを立ち上げた。
 
彼らのウェブサイトには、人気コメディアン・グループ、All India Bakchodによるネット中立性を説明するビデオが掲載され、350万ビューを記録するほどの大流行となった。活動家たちは1年近くにわたり、ネット中立性の解釈をめぐってフェイスブックと全国的かつ大々的な闘いを繰り広げた。彼らは、自己決定の価値、地元企業の保護、外国企業によるデータ抽出への抵抗などを力強く主張した。
 
このキャンペーンは、企業から大きな反撃を受けた。活動家がデモを行うと、フェイスブックは地元の新聞に広告を掲載した。活動家がTwitterやYouTubeに投稿すると、Facebookは全国規模で看板広告を購入した。そして、活動家がAccess NowやColor of Changeといったデジタルの権利擁護団体の国境を越えたネットワークから支援を受けると、Facebookは偽の草の根運動キャンペーンを行い、インドの通信規制当局にFree Basicsを支持するという事前入力されたメッセージを送信するようユーザーに呼びかけた(約1600万人のユーザーがこのキャンペーンに参加した)。しかし、このような反対運動にもかかわらず、パブリックキャンペーンは成功した。インドの規制当局は、ネットの中立性を維持し、ゼロレーティングを禁止し、Free Basicsを事実上国外に追い出すことを決定したのである。
 
この勝利は、世界中のデジタルの権利活動家の間で正当にかつ広く称賛されたが、同時に、永続的な闘いの巨大さを物語るものでもあった。インドで禁止されたにもかかわらず、Free Basicsは他の地域、特にアフリカ大陸で拡大を続け、2019年までに32カ国に到達した。また、インドのキャンペーンは、貧困層や農村の声を排除し、中小企業のためにネット中立性についての中産階級の見解を定着させたと主張する人もいる。それでも、このキャンペーンは、グローバルなデジタル権利擁護の将来にとって重要な教訓を含んでいる。おそらく最も重要なことは、デジタル著作権政策における技術的な問題に対して広範な人々を動員することで、多国籍ハイテク企業の力を抑制する上で大きな役割を果たすことができるということだ。
 
戦略3:階級と国境を越えた組織化
組合結成や組織化は、ビッグ・テック自身の変革や説明責任のための有効な手段としても浮上している。2018年には、2万人以上のグーグル社員が、給与の不平等や同社のセクハラへの対応などに抗議して、ウォーク・アウトを行った。同年、マイクロソフトの社員は、同社の米国移民税関捜査局(ICE)との業務について抗議した。2020年6月1日、ドナルド・トランプによる扇動的な投稿に対して何もしないというフェイスブックの選択に反対するため、数百人の社員が出勤拒否をした。今日のテック企業における組織化は、ホワイトカラーによる本社内の枠を超え、アップル・ストアで働く小売労働者やアマゾン倉庫で働くピッカーやパッカーにも広がっている。このような組織化の次のフロンティアは、世界中の労働者を包括することだ。その中で、誰が 「テックワーカー」なのかについて、理解を広げていかなければならない。
 
エイドリアン・ウイリアムズ、ミラグロス・ミシェリ、ティムニット・ゲイブルらは最近、人工知能(AI)の誇大広告の背後にある労働者の国境を越えたネットワークに注目するよう呼びかけた。これは、人類学者のマリー・グレイとコンピュータ科学者のシドハース・スリがこの業界に蔓延する「幽霊仕事」と呼ぶものと同じだ。これにはコンテンツ・モデレーターだけでなく、データへのラベル付けの仕事、配達員、あるいはチャットボットのなりすましなども含まれ、その多くはグローバル・サウスに住み、搾取的で不安定な条件のもとで働いている。こうした不安定な労働者の抗議のためのコストは、シリコンバレーの高給取りのハイテク労働者よりもはるかに高い。ウィリアムズ、ミセリ、ゲイブルは、テック企業の説明責任の将来は、低所得者と高所得者の間の階級横断的な組織化にあると主張するのは、まさにこのためである。
 
ダニエル・モタウンのケースを見てみよう。2019年、南アフリカ出身で大学を卒業したばかりの彼は、Facebookの下請け企業であるSamaのコンテンツ・モデレーターとして最初の仕事を引き受けた。彼はケニアに転勤し、秘密保持契約にサインし、その後、彼がレビューするコンテンツの種類を明らかにされた。1時間2.20ドルで、彼はノンストップでコンテンツを流される仕事に従事した。ある同僚はこれを「精神的な拷問」と表現するような仕事だ。モタウンと同僚の何人かが、より良い賃金と労働条件(メンタルヘルスの支援など)を求めて労働組合を結成すると、彼らは脅迫され、モタウンは解雇された。
 
この特別な組合結成の努力は失敗に終わったが、モタウンの話題は広く知られ、『Time』の表紙を飾った。彼は現在、メタ社とサマ社を不当労働行為と組合潰しをしたとして訴訟を起こしている。グローバル・サウスにおけるコンテンツ・モデレータの非人間的な労働条件を勇敢に告発することで、モタウンは、現在の技術者の説明責任を求める運動の一部となるべき労働者の種類に必要な注意を喚起した。彼の仕事は、低賃金の技術労働者が侮れない存在であることを示している。また、明日の内部告発者や組織化された人々のための着陸場を準備することを含め、テック業界の内外へのルートを変えることの重要性を示している。
 
これらの取り組みや他の多くの取り組みを通して、グローバルなデジタル権利擁護の未来は、私たちがこうしている間にも描かれている。ある者はハイテク・パワーに抵抗し、ある者はオルタナティブを開発している。しかし、その場しのぎの前進以上のものを達成するためには、これらの活動には持続的な資金調達、制度化、そして国際的な協力が必要である。
デジタルの権利擁護の「グローバル」な側面は当然のものだと考えるべきではなく、意識的かつ慎重に育成されなければならない。グローバルなデジタルの権利コミュニティの最も重要なイベントであるRightsCon会議に関する最近の分析の中で、ローハン・グローバーは、セッションを主催する組織の37%が米国を拠点とし、「グローバル」な範囲を主張する組織の49%が米国に登録された非営利団体であることを発見した。現在のデジタルの権利についてのアクティヴィズムは、そのほとんどが欧米の資金による組織的な支援に依存しており、そこには企業の取り込みが潜んでいる。

 
しかし、すべての人にとってより公正なデジタルの未来への道筋は、すでに明らかになりつつある。グローバル・サウスで生まれた戦略の中核には、集団的な力の緊急性と必要性を示すビジョンがある。彼らは、企業の内外から、ビッグ・テックによる大都市および周辺地域から、政策立案者、弁護士、ジャーナリスト、組織者、そしてさまざまな技術労働者が圧力をかける必要性を指摘している。そして何より、これらの運動は、すべての人に対して技術が説明責任を果たすようにするために、私たちには人々が主導する運動が必要だということを示している。

2022年12月16日金曜日

【寄稿記事】アマゾンに責任問う動き―利便性の裏 ひずみ深刻

 【寄稿記事】アマゾンに責任問う動き―利便性の裏 ひずみ深刻

2022年12月15日付の北海道新聞に寄稿しました。(版権処理済み)



2021年9月2日木曜日

新型コロナウイルス:余剰・期限切れのワクチンに、世界はどのように対応をしている(していない)か

 英国を含む富裕国は、もはや必要がなくなったか、あるいは使用できない何億回分もの新型コロナウイルスのワクチンを確保している。現在、これらの国々は、命を救うワクチンを無駄にしていると非難されている。ジェーン・フェインマンが報告する。

原文:How the world is (not) handling surplus doses and expiring vaccines

By Jane Feinmann 翻訳:内田聖子

https://www.bmj.com/content/374/bmj.n2062

20217月下旬、米国の各州では、8月に期限切れを迎えるファイザー社の大量のワクチンを含む、1310万人を保護するに足る約2600万本の未使用の新型コロナウイルス・ワクチンが保管されていると報告された[1]

「我々は余ったワクチンに溺れている。ちょっと馬鹿馬鹿しくなってきたよ」。元米軍大佐であり、アーカンソー州でのワクチン配布活動を主導しているロバート・アトール氏は、医療ニュースサイト「Stat」に対し語った。一方、カナダ[2]、ドイツ、イスラエル[3]、リトアニア、ポーランド[4]、ルーマニアでは、使用期限を過ぎたワクチンを廃棄している。

英国も同じ問題に直面している。7月末に、17万回分のモデルナ製ワクチンが2週間以内に期限切れになる恐れがあるとの報告がなされた。また、国民保健サービス(NHS)の医師も、ファイザーおよびモデルナ製のワクチンが何千本も廃棄されていると報告していた[5]。さらに、ライフ・サイエンスの分析を行うエアフィニティ社がブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(BMJ)に提出した独自のデータは、さらに深刻な問題を示している。

英国は、2021年中に納品される予定の46700万回分の新型コロナ・ワクチンを購入している。英国は他の高所得国と同じように、ワクチンが承認される前に発注をかけてリスク・ヘッジを行ってきた。しかしその結果、英国は現在、国民一人あたり約7回分のワクチンを確保していると、エアフィニティ社の主任アナリストであるキャロライン・キャセイ氏は言う。

「つまり、16歳以上の80%がワクチンを接種し、かつリスクの高いグループに20219月末からブースター・ショットを接種すると仮定すると、英国政府は2021年中に21900万回分の余剰ワクチンを保有することになります」と、彼女は説明する。

 「政府が寄付を約束した3000万回分のワクチンを(他国に)実際に寄付しても、それでもなお18900万回分のワクチンが余ることになります。2022年までに余剰ワクチンは42100万回分に達する可能性があります」。

寄付の難しさ

余剰ワクチンの寄付は、口で言うほど簡単ではない。ワクチンへの忌避、アストラゼネカ製ワクチンへの懸念、そして国内需要の減少は、多くの国で同時に発生している。また、202012月頃以降に製造されたワクチンの保存可能期間は、慎重に設定されているため、多くの余剰在庫ワクチンが期限切れを迎えている。

ファイザー、モデルナ、アストラゼネカ、ヤンセン(ジョンソン&ジョンソン)のワクチンは、最長6ヶ月間の緊急使用認可を得て発売された。ほとんどのワクチンおよびその他の医薬品の保存可能期間は23年であることと比較すれば短期間である。英国王立薬剤師会の主任研究員であるジノ・マルティーニ氏は、これを「ワクチンを可能な限り早く市場に出すための必然的な結果」だと言う。

英国医薬品・医療製品規制庁(MHRA)の広報担当者がBMJ誌に確認したところによると、発売から数ヵ月が経った後も、これらのすべてのワクチンには、「緊急」的な有効期限が残っているとのことである。

「承認された新型コロナウイルス・ワクチンの当初の有効期限は、英国医薬品・医療製品規制庁(MHRA)に提出された時点で利用可能なデータに基づいていました」と彼らは言う。「MHRAが承認したいずれの新型コロナウイルス・ワクチンについても、長期の保存可能期間は延長されていません。また、保存可能期間の延長には、関連する安定性試験による裏付けが必要であることに留意することが重要です」と述べている。 

ワクチンメーカーは、おそらく通常の2年間よりも長い保存可能期間を提供することを目的として、ワクチンをモニターしている。マルティーニ氏は、「規制当局とメーカーは、現時点で話し合いを行っていると断言できます」と述べている。

しかし、このような議論は、すでに購入・配布された何億本ものワクチンが使用期限を迎えていることについては役に立たない。

国際的な悲劇

この問題は、新型コロナウイルスのワクチンの平等な配分を目的とした国際的なCOVAXイニシアチブに対する富裕国からの寄付を後退させると同時に、中低所得国で見られる比較的高いレベルのワクチンへの受容性を損なう恐れがある。

期限切れが近いワクチンの寄付は、疑念の目で見られる――アフリカ連合のワクチン供給アライアンスの共同議長であるアヨアデ・アラキジャ氏は、「貧しい人々に残り物を与える行為」と『テレグラフ』紙にて表現している[6]が――これは、世界保健機関(WHO)が、有効性を評価した後に期限切れのワクチンを他国に移転するという提案をしていることと矛盾する(WHOは各国に対し、その有効性を検証する間は、期限切れのワクチンを保持するよう求めている)。

実際、WHOの提案は、最もワクチンを必要としている国を含むいくつかの国では無視されており、それらの国々は期限切れが近い、あるいは期限の切れたワクチンを廃棄している。例えば、20213月、世界で最もワクチン接種率の低い国の一つであるマラウイでは、有効期限が413日と表示されたアストラゼネカ製ワクチン約2万本を公然と焼却された。これは、有効期限の後に、第2回目用として同じロットのワクチンを供給するよう求める必要があるためだ。

「我々は、マラウイ国民への説明責任を果たすために、これらワクチンの在庫を公然と破棄しているのです」。保健大臣のクフムビゼ・チポンダ氏は、アストラゼネカ製ワクチンのバイアルを入れた赤いビニール袋を、首都リロングウェの焼却炉に自ら捨てた際に語ったと報じられている[7]

南スーダンでは、同じ理由で59000回分のワクチンを廃棄する予定だと報じられている。また、南アフリカはインドの血清研究所に対し、4月初めに到着した100万本のワクチンを、同じ有効期限の413日のものと交換するよう要請した。

豊かな国においては、消費期限は不変のものと考えられているため、このような姿勢は驚くべきことではない。また、新たなmRNA技術に対する警戒心も一因となっている。6月初旬にファイザー製の2回目のワクチンを接種した899人のニューヨーク市民は、後にそのワクチンが期限切れだったことが判明し、全員が3回目のワクチン接種を受けることになった。

「有効期限が過ぎてしまえば、mRNAワクチンとそれを保持する脂質ナノ粒子が、体内の細胞に運ばれる前に生き残っているという保証はありません」と、ニューヨーク市立大学のブルーシュ・Y・リー教授(健康政策・管理学)は、『フォーブス』誌に書いている[8]。しかし、mRNAや他の種類のワクチンが有効期限を過ぎても効果を維持できないという証拠はない。

英国医薬品・医療製品規制庁(MHRA)によれば、英国では新型コロナウイルスの製造者が緊急使用許可の延長を試みたことはない。「もし市場での販売承認を得た者が、現在承認されている製品の保存期間を延長したい場合は、裏付けとなるデータを提出し、MHRAによる評価と承認を受けなければなりません」と、MHRAの広報官はBMJ誌に語っている。「能力のある製造業者は誰でも、製品のストックに対して安定性試験を行うことができます。必要な裏付けとなる安定性データを入手し、提出する責任は、市場での販売承認を受けた者の側にあります」。

国境なき医師団(MSF)によると、この責任を果たすには時間がかかるが、世界のワクチン接種のとてつもない不平等を解消するためには重要である。

国境なき医師団(MSF)の国際医療コーディネーターであるミリアム・ヘンケンス氏は、「保存期間を延長するためには、メーカーは追加的なリアルタイムの安定性データを規制当局に提出しなければなりません」と言う。「このデータが認められれば、メーカーはワクチン・バイアルのラベル(または箱)やリーフレットに正しい情報を記載しなければなりません。私たちは、メーカーに対して、保存期間を延長する責任を負うことを公に求めていかなければなりません」

国境なき医師団(MSF)にてWHOACTアクセラレータのタスクフォース・リーダーを務めるアマンダ・ハーベイ=デヘイは、「何千本ものワクチンが廃棄されるリスクを考えると、メーカーが実施する安定性試験やそれに伴う保存期間の延長について、私たちがほとんど把握できていないのは残念なことです。現在の有効期限は、ただでさえ困難な接種キャンペーンに大きなプレッシャーを与えています」

管理、管理、管理

有効期限の延長を承認した国もある。カナダの連邦機関であるカナダ保健省は、オンタリオ州が保有する数十万本のアストラゼネカ製ワクチンについて、もともと6月上旬に終了する予定だった有効期限を1ヶ月間延長することを承認した[9]。オンタリオ州のパティ・ハジュ保健大臣は、この措置について、「新たな安定性データにより、製品の品質に変化がないことが明らかになったためです」と述べている。

一方、ヤンセン製のワクチンは、20212月に承認された際には、3ヶ月の保存期間が付与されていたが、米国食品医薬品局(USFDA)により6月に6週間延長され、7月末にはさらに6週間延長された[10]

しかし、事態は必ずしもこう簡単には進まない。イスラエルのメディアは、ファイザー社が730日に期限切れとなる約100万人分のワクチンの有効期限を延長してほしいとの政府の要請を、「現在の有効期限を過ぎても安全だと保証するに足る十分な情報がない」として拒否したと報じている[11]。これはおそらく、「冷蔵のみ」の温度で31日間保存することを含む、202012月に初めて承認された最長6カ月の保存期間に加える措置を意味しているのだろう。

イスラエルは、人口の55%が完全にワクチン接種を終えており、その需要が減少している。そのため、タイムリーなワクチン接種が可能になるように、最初はパレスチナと、次に英国との間でファイザー製ワクチンの交換取引を仲介しようとしたが、失敗に終わった。パレスチナとの交渉は、パレスチナ政府がワクチンの有効期限が直前に迫っていると判断したため、失敗に終わった。英国との交渉は、双方が熱心に取り組んでいたにもかかわらず、「技術的な理由」のため進まなかった[12]

最終的にイスラエルは、感染症の急増のためワクチン需要が高まっていた韓国にワクチンを送ることになったが、この時交わされた合意は、韓国は今年の後半に同数のファイザー製ワクチンをイスラエルに返還するというものだった[13]

官僚主義もまた、他国にワクチンを提供する試みを遅らせている。5月、アリゾナ大学は、移動式の診療所で使用していた10万人分の予備ワクチンを、国境を越えてメキシコに送ろうとしたが、「物流上の困難」を理由に、米国政府から拒否された。医療ニュースサイト「Stat」によれば、これらのワクチンは米国連邦政府が所有しており、各州がそれを再配布することは条件として認められていないとのことだ。同時に、アフリカ連合のワクチン供給アライアンスは、ほとんど何の準備もない国に対して、ワクチンが次々と配送されていることを懸念している。

「ワクチンを寄付する国や組織は、貧しい国が突然大量のワクチンで溢れかえるような事態を避けるために、寄付されたワクチンの事前計画を支援する必要があります」と、エアフィニティ社のケイシー氏は言う。「どの国でも、国民への投与量を突然4倍に増やせるようになる前に、インフラを強化する必要があります」と彼女は言う。「これは、現状でも医療システムが弱く、能力が限られている国では特に顕著です」。