2019年3月5日火曜日

日米貿易協定の交渉目前―国会審議における政府答弁の曖昧さ


201934日、参議院予算委員会にて舟山康江議員が日米貿易協定について安倍首相、茂木大臣等に対して質問を行った。そのやりとりの報告と、主な問題点を以下にまとめる。

【審議の概要】
舟山:日米貿易協定の交渉開始時期について、227日、USTRライトハイザー代表が、下院公聴会にて、3月にも交渉開始したいと発言した。交渉はいつ始まるのか?
茂木:日米物品貿易協定交渉の日時・場所はこれから決定する。
舟山:米国は3月にも始めると言っており、また米国内の国内手続きは終わっておりいつでも始められる状態。これは受け身で、向こうが言ってきた日程の通り始めるという理解でいいのか?
茂木:決してそんなことはない。コミュニケーションをとってお互い最もよいタイミングで交渉をスタートしたい。
舟山:(安倍総理への質問)政府は物品貿易協定と言っているが、対象となる分野は、物品だけという理解でよろしいのか?
安倍:昨年の日米共同声明では、物品貿易と併せて早期に結論が出るものについても交渉するとされた。具体的な対象分野は今後茂木大臣とライトハイザー代表が協議する。
舟山:茂木大臣は9月の記者会見で『あくまで物品貿易に限定されたものであり、投資・サービスを含まない』と答えたがその理解でいいのか?
茂木:基本は物品貿易。そして物品貿易と同じタイミングで結論が出るものも対象に含み得る。その対象は私とライトハイザー代表の間で合意したもののみが入る。そういった中で例えば金融、保険などのサービス分野で制度改正が必要はものはどう考えてもそんな早い時間でできないため、それらが対象となることは想定していない。
舟山:そうすると物品が中心であるが、その他の分野でも交渉対象として合意ができたものは交渉すると。大臣が記者会見で話したことは撤回するということか?
茂木:私とライトハイザー代表の間で合意したものが対象に入る。私が合意しない限り2人の合意にならないので、先ほどの答弁通りとなる。
舟山:大臣は明確に、物品だけで投資・サービスは入らないと言っていた。しかし入る可能性があるのであればその発言は誤りではないか?
茂木:私は『物品だけ』だとは言っていない。『基本は物品』であり、その上で物品と同じタイミングで早期に結果が出るものは交渉の対象になりうると言っている。
舟山:官邸のホームページを確認した。大臣の発言として『あくまで物品の貿易に限定されたものでありまして、我が国がこれまで結んできたFTAとは異なりまして、投資・サービスのルールは含まないものでありまして』と明確に大臣はおっしゃっている。違うじゃないですか。
茂木:長い文脈を読んでいただければ、そうでないことはわかると思いますが、先ほどの説明の通りで、サービス分野の金融・保険のように交渉に時間がかかるものは交渉の対象にされないと、そのような意味であります」(速記止まる)
茂木:物品貿易と、サービス貿易があるわけです。物品貿易全般、そしてサービス貿易等々を含めて、全体的に行うものが包括的なFTAである。そのような包括的な交渉を日米物品貿易協定の中で行うことはない。
舟山:結局、国民に物品だけだと強調したかった、そのために逆に誤解を生んでいるのではないか。一方、米国が発表した交渉の目的には、明確に22項目の分野が挙げられている。交渉目的も関税・非関税の両方に対処するとある。この違いをどのように受け止めればよいのか?
茂木:一般的に交渉の目的はUSTRが貿易権限(TPA)を取得するためにつくっているもので、私とライトハイザー代表の間では9月の日米共同声明に沿って交渉を進めるということでまったく齟齬はございません。
舟山:米国の交渉目的はかなり具体的である。そうすると米国がいくらいろいろ言っていても、物品貿易以外のことは受けないと。その対応方針を総理お答えください。
安倍:米国側がそういうものを出しているのはTPAとの関係上だと思いますが、いずれにしても日米共同声明に沿って交渉を行う。茂木大臣からありましたように基本的に物品貿易について交渉していくわけですが、早期に結論が出るものについては交渉も行うと。しかしそれは茂木大臣とライトハイザー代表が協議して決めたものである。日本側が拒否したものについては入らない。
舟山:だんだん言い方のトーンが下がってきている。対象は物品だけ、他のものは入らないと言いながら、合意ができれば入ってきますよ、となった。共同声明にも物品だけと限定されていない。だから最初にごまかしていたということだ。そして9月以降、国民にどのような情報提供をしてきたのか?
茂木:その前に、先ほどの22項目を見ても一般的だということはよくわかると思います。16項目目は腐敗行為の防止ですよ。そんなことを日本と米国の間で交渉するということは想定できないと思います。9月までに私とライトハイザー代表との合意については共同声明にすべて盛り込まれている。そして9月以降、現在まで米国とは具体的な交渉は行っておりません。
舟山:私が聞いているのは国民に対してですよ。どのような交渉をして何を獲得していくのか、何か国民に情報開示しているのか?
茂木:今申し上げたように共同声明にすべて反映させている。今回の交渉の目的は、日米間での貿易・投資を互恵的な形で拡大し、世界経済の自由で公正かつ開かれた発展を実現すると明記。さらに共同声明では基本的に物品を対象とし、農林水産品については過去のEPAで約束した譲許内容が最大と明記。さらに協議中はその精神に反する措置はとらないとある。このようにして日本として国益に沿って交渉を進める環境をしっかり整えていると考えています。
舟山:これだけ大きな相手国であるので、もう少し国民に対して丁寧に説明すべき。何も言っていない。ホームページも何も更新されていない。日米首脳会談の写真だけで中身は何もない。もう一度確認しますが、そうすると為替操作条項や中国排除条項、薬価についても米国が言っているが、毅然としてはねつけるという理解でよろしいのか?
茂木:国益に反するような合意をするつもりはございません。為替については共同声明にも盛り込まれておりません。また日米首脳会談にて為替の話はまったく出ておりません。
舟山:相手国はたくさん出している。それに対してこちら側は何の情報も出さずに、結局このように決まりましたと。これまでの交渉もすべてそうだった。パネルをご覧ください。米国もEUもパブコメや公聴会などいろいろやっている。影響評価報告書なども出している。日本は何もやっていませんが、どのように考えているのか。総理お答えください。
安倍:一般的に外交交渉の経緯を広く伝えることは相手側との信頼関係を損なう恐れがあり、また類似の交渉に不利益をもたらす恐れがあるため困難と考えています。ただこうした中でも政府としては交渉の進展に応じて公開できる情報についてはできる限り国民の皆様に提供していく考えであります。日米交渉についても茂木大臣からその都度、可能な範囲で説明が行われるものと考えております。
茂木:9月の日米首脳会談前に私とライトハイザー代表が2回協議をした。その結果については記者会見で丁寧に私から説明している。その後、米国ではTPAを取るプロセスがあったり、USTRも他の交渉もあり具体的な日程は調整できていない。具体的な交渉を行っていないので公表する内容もない。今後交渉を行っていく過程で必要に応じて。交渉というのはこちらの情報をできるだけ出さずに、相手の情報をいかに多く取るかということで交渉優位というのが決まってきます。そういった国益も考えながらその中での情報公開は行っていきたいと考えています。
舟山:交渉ごとですから手の内を明かさないというのはよくわかります。ただ交渉に入る前に国民の声、国会、立法府の声を聞く努力をすべき。それを他国はやっている。なぜ日本はやらないのか。必要ではないのか?
茂木:米国については一般的な手続きとして目的やいろんなものをやっているわけです。先ほど言ったように日米で腐敗防止について協議するなど誰も考えないわけです。一般的なフォーマットだということは誰が見ても明らか。その中で日本も米国も交渉の途中段階では同じレベルで情報公開を行う。国民の皆様の懸念、特に農林水産業の懸念を踏まえて共同声明の内容をまとめた。
舟山:聞いているのは、交渉開始前にいろんな意見を聞いて方針に盛り込んでいくことをやらないのかと。
茂木:類似の経済連携協定であるTPP、日EUの交渉を進める中でも長時間にわたり審議をしてきた。全国レベルでも説明会を行って地域の声や農林水産団体の声も聴いてきた。これからもそうする。
舟山:日米交渉でそれはなされているのか?腐敗防止のことばかり言っているが医薬品や政府調達、為替なども米国文書には入っている。それについて国民の声を聞いているのか?
茂木:医薬品ついては何ら交渉するという話は出ていません。制度改革が必要になるんですよ。半年、1年でできる話ではない。そんなことがスコープ(交渉範囲)に入ってくることは考えられない。仮にそういったものが入ってくることになれば必要な声は聞いていきたいと考えています。
舟山:そうすると日米交渉にあたりパブコメや公聴会などを行う予定はないという理解でいいのか?
茂木:これまで様々な声は聞いてきました。これからも必要に応じて国民の皆様の声、業界の皆さんの声をしっかりと聴いて交渉を進めていきたいと考えています。

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 この質問と答弁の中で、指摘しておきたいのは以下の点である。

(1)  政府はいまだに「日米物品貿易協定(TAG)」と名付けている
 20189月の日米首脳会談において、両国首脳は今後日米間での貿易交渉を開始することに合意した。その直後から日本政府はこの交渉を「日米物品貿易協定」と名付け説明してきた。しかし日米共同声明の中にも「日米物品貿易協定(TAG)」という固有名詞はなく、それどころか物品の他にも「早期に成果を出せるサービス分野」の交渉が同時に進められること、さらにその交渉の後には投資・サービス分野の交渉も始めることも記載されている。政府の誤った説明はすでに多くの指摘がなされているので繰り返さないが、交渉が始まろうとしている時期に来ても、「日米物品貿易協定(TAG)」という名称を使っていることには驚き、あきれるしかない。米国側は「日米貿易協定(USJTA)」という名称を正式に使用しており、結果的に名前の問題から早くも両国に齟齬が生じている。

(2)交渉範囲の説明が徐々に変化している
上記とも関連するが、日米首脳会談直後、茂木大臣は「物品に限った交渉で、投資・サービスなどはルールは含まない」と説明してきた。しかし共同声明を素直に読めばそれは嘘であり、またこの間、米国側が出している各種の文書(特に20181221日付けの「日米貿易協定 交渉の目的」)などからも、少なくとも米国側はTPPとほぼ同じ章立ての貿易協定を想定していることが明らかとなった。舟山議員が追求したのもこの問題である。9月以降、実は日本政府の答弁は徐々に変化してきている。当初は「物品のみ」と言い切っていた対象について、次第に「他の分野も含む」ようにと説明が変わってきたのだ。今回の答弁でも、茂木大臣と安倍首相の双方ともが「基本的に物品だが、早期に結論を出せる分野については、茂木大臣とライトハイザーUSTR代表とが協議し、合意したもののみ対象となる」と答えている。初期段階の答弁とは一変していることは重大な問題だ。
問題は、「早期に結論を出せる分野」とは何か、誰がそれを判断するのか、ということだ。茂木大臣は、「医薬品分野は制度改革を必要とし、半年や1年では結論が出ないので交渉の範囲には含まれない」と答えている。しかし、米国側が医薬品分野を早期に結果が出る分野として提示してくる可能性は大いにある。すでに米国医薬品業界は、2017年の日本の薬価算定制度の改定によって米国企業が不利益を受けていると強硬に日本に抗議をしている。米国からすれば昨日今日に生じた問題ではなく、逆に日米貿易協定交渉が始まったことを利用して一気に要望を押し通そうとしてくるのではないか。「早期」というスパンについても、茂木大臣は「半年や1年」ととらえているようだが、韓米FTAの再交渉もNAFTA再交渉もトランプ政権の開始後から始まり1年を超えてようやく妥結した。米国側は「早期」というスケジュールにこだわってはおらず、むしろ医薬品については「実利」を優先して求めてくると私は見ている。

(3)米国の「交渉の目的」は単なる形式的なフォーマットなのか?
茂木大臣は答弁の中で、何度も「USTRの交渉の目的」文書は、「一般的な米国の手続きに過ぎない」「交渉対象に22項目も挙げているが、それらは形式的なフォーマットである」と、実際の交渉範囲は米国の文書に書かれたほどには広がらないという認識を強調した。特に、例えば「交渉の目的」に「腐敗防止」という項目があることを取り上げ、「日本と米国の間で今さら腐敗防止について交渉するとは誰も思っていない」と述べた。
しかし本当に米国が提示している交渉対象範囲は、単なる「フォーマット」であり実現しないのだろうか? 
USTRは日本以外の他国と貿易交渉を行う際、同様の「交渉の目的」を議会に提出することが義務付けられており、確かにその基本フォーマットは存在する。しかし「交渉の目的」は単にフォーマットを使いまわしただけのものではなく、NAFTAの再交渉にしろ、TPP協定にしろ、「交渉の目的」で掲げられた項目は、その後の貿易協定の章立てとしてそのまま実現されている。つまり米国による「交渉の目的」は、完成した貿易協定の章立てを先んじて表現しているものだと見るのが妥当だ。茂木大臣の言うように改めて「腐敗防止」を日米で深く議論する必要はないだろう。しかし米国が求める「貿易協定の形(章立て)」には腐敗防止は必要な項目であり、だからこそわざわざ現時点から交渉の目的に入れているのだ。
また米国の「交渉の目的」が単なるフォーマットでないことは、別の点からも指摘できる。例えばTPP協定と新NAFTA(USMCA)協定の章立てと日米貿易協定の「交渉の目的」22項目を比較すればわかるのだが、日米貿易協定の「交渉の目的」に挙げた項目は、少しずつTPP協定や新NAFTAとは異なっている。例えば日米貿易交渉には為替操作禁止条項や中国排除条項が加わっていたり、また農業バイオテクノロジーに関する記述は、TPPを超えゲノム編集をも対象とすることなど、これまでのTPP水準を超える要求が具体的に書かれている。これらを「形式的なフォーマットに過ぎない」と日本政府が本気で軽視しているのだとしたら大変な事態を引き起こしかねない(実際にはそれなりに重視し、分析をしているであろうと推測する)。

その他にも舟山議員は国民や立法府としての議会への説明や情報開示について、重要な指摘をしているが、納得のいく答弁がかえってきていない。日米貿易協定の交渉は、TPPや日EU経済連携協定以上に、秘密裡に進められ私たちの見えないところで決定がなされる可能性が高い。引き続き情報収集と分析を続けていきたいと思う。

2019年1月23日水曜日

「日米貿易協定の目的」を読み解く―米国の関心事項と日本の対応 ver.1


20181221日、米国通商代表部(USTR)は、「日米貿易協定交渉の目的の要約」(以下、「交渉の目的」)と題された文書[1]を公表した。
さかのぼること約3カ月、同年9月に日米首脳会談が開催された。ここで米国トランプ大統領と安倍首相は、日米貿易協定の交渉を開始することに合意。その後、米国はパブリックコメントの実施や、それに基づく公聴会など国内的な準備を進めてきた。これらの結果をまとめたものが、今回USTRが公表した「交渉の目的」である。
「交渉の目的」は、2015年大統領貿易促進権限(TPA)法に則った手続きでもある。TPA法に基づき、米国政府は交渉開始90日前までにその旨を議会に通知しなければならない(日米貿易協定についてはすでに20181016日に通知済)。また交渉開始の30日前までには、各交渉分野について包括的で詳細な交渉目的の公開が政府に義務付けてられている。今回の「交渉の目的」公表は、この手続きに該当する。つまり「交渉の目的」が公表された1221日から30日後の2019120日以降に、交渉開始できるという状況が整えられたのだ。
 「交渉の目的」は、全17ページからなり、22の分野・項目が挙げられている。日米共同声明後に、日本政府は「この交渉は物品交渉に限るもので、名称はTAGという」と強弁してきたが、改めて、少なくとも米国側にはそのような認識はないことが明らかになった。22分野・項目のほとんどはTPP協定と重なるものであり、また米国がNAFTA再交渉時に掲げた「交渉の目的」ともほぼ一致している。つまり、包括的な貿易協定を前提としているものである。
 本レポートでは、過去の米国の貿易協定を含めて検証しつつ、今回の「交渉の目的」について分析する。米国の目的や関心事項について、当然のことながら今後日本は交渉の中で対応を迫られていく。ところが、9月の日米首脳会談以降、日本側の準備や情報開示はまったく不十分と言わざるを得ない。日本には米国のような議会への交渉目的の通知・報告義務を定めた法律もなく、またパブリックコメントや公聴会など、国民に開かれた意見聴取の機会も一切持たれていない。2018年秋の臨時国会でも、日本にとっての本交渉の目的(攻める分野、守る分野を含めて)がほとんど審議されず、政府の主張する「TAG」という名称問題等、きわめて表面的な議論に終始した。さらに、2019120日時点で、日本ではこの交渉の責任者が茂木大臣であるということは明示されているものの、情報開示や窓口となる担当省庁が明確になっていない。これらの点を改めて批判し、問題提起するとともに、市民社会の視点から、日米貿易交渉の重要分野と課題を分析する。
なお、USTR「交渉の目的」の日本語版については拙訳[2]を参照されたい。







[1] Office of the United States Trade Representative (USTR), United States-Japan Trade Agreement (USJTA)Negotiations; Summary of Specific Negotiating Objectives, December 2018.