2018年10月1日月曜日

日米物品貿易協定(TAG)とは何か―「物品貿易」といっても広い範囲の分野が含まれる可能性も


日米物品貿易協定(TAG)という聞きなれない単語がまた出てきた。しかし貿易交渉の歴史を振り返ると、「物品貿易協定」は非常に古く、また現在ではほとんど使われていない枠組みである。簡単に言えば、1990年代後半からWTOが難航し、その後2001年のドーハラウンド以降はほとんど動かなくなった。その理由の一つは、先進国が持ち込む投資や貿易円滑化などの交渉開始提案が途上国には受け入れられないものだったからだ。

しかしグローバル化が進む中、サービス貿易や投資などの分野を各国で共通化していく必要があった。そこで米国を中心とする先進国は、延々と決まらないWTOという枠組みに並行して、好きな国と好きな自由貿易協定を次々と締結していくことになる。これがいわゆるFTAEPAと呼ばれるものである。米国は2000年以降、中南米諸国と二国間FTAを結び、また韓国とも二国間FTAを締結した。日本も200211月にシンガポールとの間で初めてのEPAを発効して以降、現在までに18EPAを発効・署名済である。
対象となる分野は物品貿易だけにとどまらず、FTAEPAではサービスや投資、知的財産権など非常に多岐に及ぶようになっている。これこそが「自由貿易」の推進の足取りなのだが、そこからすれば今回の「物品貿易協定」は、まるで20年前、30年前の貿易協定の中身に先祖返りしたようなものだ。

ところでこのたび改めて日本政府(外務省)のウェブサイトを確認したが、日本政府はFTAEPAについて下記のように定義している。

EPAFTAとは

幅広い経済関係の強化を目指して,貿易や投資の自由化・円滑化を進める協定です。日本は当初から,より幅広い分野を含むEPAを推進してきました。近年世界で締結されているFTAの中には,日本のEPA同様,関税撤廃・削減やサービス貿易の自由化にとどまらない,様々な新しい分野を含むものも見受けられます。

FTA:特定の国や地域の間で,物品の関税やサービス貿易の障壁等を削減・撤廃することを目的とする協定

EPA:貿易の自由化に加え,投資,人の移動,知的財産の保護や競争政策におけるルール作り,様々な分野での協力の要素等を含む,幅広い経済関係の強化を目的とする協定

出典:外務省ウェブサイト「経済連携協定(EPA)/自由貿易協定(FTA)」

結論から言ってしまえば、FTAEPAの実質的な違いはほとんどない。日本政府はそれぞれが対象となる「分野の広さ」がその違いだと説明するが、例えば韓米FTAの中にも知的財産権や投資は含まれている。つまりどのような分野をカヴァーするかは当事国同士が決めることであって、「FTAだからこれは入れてはならない」「EPAだからこれを入れなければいけない」などという決まりはない。その意味で政府の記載はいささかおかしな説明となっている。

さて問題のTAGである。
政府は「FTAではなく、TAGである」というが、物品貿易協定は広い意味でのFTAの類型の一つであり、その意味でFTAであることは明らかであることはすでに多くの指摘がなされている。ここでは、ではTAG自身にはどのような項目・章立てがあり得るのか、という点を指摘したい。

先に物品貿易協定はすでに古い協定となっていると書いたが、私が直近で記憶する物品貿易協定は、2009年に署名され、2010年に発効した「ASEAN物品貿易協定(ASEAN Trade in Goods Agreement, ATIGA)」である。ASEAN経済共同体の基盤となる物品の自由な移動を実現するための物品貿易に関する基本的協定として実現した。この協定は物品貿易協定であるものの、全1198条から構成され、ATIGAの前身であるAFTACEPT協定と比べると、分量、規定内容とも格段に強化拡充されている。つまり、関税削減・撤廃はもちろんのこと、非関税措置の撤廃、原産地規則についての詳細・明確な規則、貿易円滑化、税関、任意規格・強制規格及び適合性評価措置、衛生植物検疫、貿易救済措置など新しい規定も追加されている(図参照)。

ASEANと中国の物品貿易協定の例
もう一つの例が、ASEANと中国の物品貿易協定の事例だ。2002年、ASEANと中国は、「包括的経済協力枠組み協定(The Framework Agreement on Comprehensive Economic Co-operation between the Association of Southeast Asian Nations and the People’s Republic of China=ACFTA)」を締結した。これは、ASEAN10カ国と中国の自由貿易地域を目指した協定で、物品貿易協定、サービス貿易協定、投資協定の3つの主協定から構成されている。ASEANと中国の物品貿易協定は、包括的なACFTAを構成する柱の一つということになる。

今回の日米共同声明を読み、このACFTAのような経緯になるのではないかと直感的に予想した。つまり、まず全体的な貿易自由化・経済連携の大枠の合意があり(日米の場合はこれが今回の共同声明であり、あるいはすでに合意されているFFRという枠組み)、そのビジョンを実現するために個別具体的な協定があり、それらが順次交渉され最終的には包括的なFTA・EPAに仕立てあがる、という流れである。 実際、ASEANと中国の包括的FTAであるACFTAは、まず2005年に物品貿易協定が発効し、その後2007年にサービス貿易協定が発効、最後の仕上げは2010年の投資協定の発効という形で完成した。日米共同声明に書かれた文言には、「物品」→「サービス」→「投資」という交渉の推移の輪郭が描かれており、まさにASEAN-中国が交わした包括的FTAの流れを彷彿とさせるものである。

 
もちろん先述の通り、FTAEPA交渉の中でどの分野をどこまで詳細に交渉し、規定するのかについては特別の決まりはなく、あくまで交渉国同士の協議の上で決まる。従って日米物品交渉においてASEAN物品貿易交渉と同じような範囲の分野がカヴァーされるかどうかはわからない。しかし政府も、そして多くのマスメディアも、「交渉は関税のみ」と説明しているのだが、実際のところはASEAN物品貿易協定の対象分野にまで広がる可能性があることを指摘しておきたい。同協定では原産地規則や非関税障壁、衛生植物検疫など多くの人が「関税の交渉以外」と思っているものも含まれている。原産地規則とは部品の調達などに関わるし、非関税障壁とは貿易の障害となる規制の撤廃に関する事項である。また衛生植物検疫とは食の安心・安全に関わる分野だ。「関税の交渉だけだ」と言われたが実は蓋をあけてみたらここまで広範囲の分野が含まれていた、という結果にならないよう注視すべきである。