2019年10月27日日曜日

日米貿易協定の問題点:米国専門家からも“WTO違反”の指摘

 20191024日、衆議院本会議にて「日米貿易協定」及び「日米デジタル貿易協定」の審議が始まった。安倍首相はじめ政府は一貫して「ウィンウィンの結果」と主張するが、専門家による各種分析や野党からの質問によって、その根拠は極めて乏しいことが次第に明らかになっている。  
 私自身は、日米貿易協定については日本国内への影響に関してはもちろんだが、それだけでなく国際貿易体制という観点からの分析が必要であると強く考えている。その際に大きな問題として挙げられるのが、この協定がWTOに違反しているという点だ。

これについては、自由貿易を推進する専門家からも早い段階から指摘がされ、また拙稿多国間貿易体制を脅かす日米貿易協定―WTO違反をしてでも米国の要望に応えるのか」(ハーバービジネスオンライン)でも詳しく論じた。国会審議でも、野党側からこのことはすでに追及されてもいる。
しかし、日本政府の説明や答弁を見ていると、政府は「WTOには違反していない」との姿勢をとり、この問題を真摯に受け止めるどころか、まったく意に介していない態度だ。例えば、政府が出した協定の「影響試算」では、WTO違反として指摘されている、米国側の自動車・自動車部品の関税撤廃について、明確な約束を取り付けられていないにも関わらず、「将来的に関税撤廃をする前提」として、米国側が関税撤廃をした際の92%の関税撤廃率を前提にして影響試算を行っている。それだけでも問題だが、野党から「米国の自動車・部品の関税が撤廃されない場合の試算も出してほしい」との要求に、政府は「撤廃が前提なので出せない」と拒否している。これでは到底、客観的な議論などできるはずもない。

日本政府のこのような態度は、誠実さや透明性に欠け、「国内的にうまく説明すれば何とかなる」という意識を感じざるを得ない。また残念ながら、そのような政府の姿勢が影響してしまうのか、国会議員、マスメディア、市民など含め、我々の側も非常に内向きな議論に拘泥しがちである。
そこで本稿では、主にWTO違反問題を中心に、米国の通商交渉専門家やロビイストなどが日米貿易協定をどう分析しているかを紹介する。

Cato Institute(ケイトー研究所)
まず、日本でも知られる保守系シンクタンク「Cato Institute(ケイトー研究所)のサイモン・レスター氏は、署名・協定文公開直後の108日、「日米の新たな貿易協定(原題:The New U.S.-Japan TradeDeal)」の中で、日米貿易協定に関して、①自由化の度合い、(2WTOとの整合性、(3)米国議会の承認のない執行協定として進めることの影響、(4)紛争解決条項の欠如、の4つの観点から分析と問題提起をしている。
このうちWTO違反問題に該当する部分を紹介しよう(翻訳は筆者)。

「“実質的にすべての貿易”をカバーする場合にのみ二国間合意を許可するWTO規則が、(日米貿易協定のような)限られた範囲での協定と一致するのかどうかという問題がある。この協定は、GATT24条の下での“中間協定”として認められるだろうか? GATT245(c) は次のように規定する。“サブパラグラフ(a)及び(b)で言及される中間協定は、関税同盟または自由貿易地域の形成に関して、合理的な期間内での計画および日程が含まれなければならない”。これまでのところ、日米貿易協定の中には、包括的なFTAに向けた“計画と日程”を見いだせない。しかしおそらく、何らかのことがなされるのだろう(ファクトシートでは、“米国は、関税及び非関税障壁に関する残された課題に対処し、またより公正でバランスの取れた貿易を実現するために、日本とのさらなる交渉を楽しみにしている”ということのみ記載されている)。
関連する問題は、他国の政府はこれら全体をどう考えるのか、ということだ。問題となっているすべての製品について、日米の関税引き下げにより悪影響を受ける他国の生産者が生じる可能性がある。彼らは、日本と米国の両方に対してWTO規則を遵守するよう攻撃的になるだろうか? それとも、トランプ政権が自由化を行ったことを喜び、不満を述べることを恐れるのだろうか?」

 レスター氏は日米貿易協定がGATT24条に反しており、またいわゆる「中間協定」にも定義されないことを指摘している。
 また氏は、WTO違反の問題と同時に、(4)紛争解決規定が含まれていない点も指摘している。実はこの点は私自身も気になっていた点だ。通常、WTOはもちろんのこと、個別のFTAEPAにおいても、国と国の紛争解決規定は定められるものである。日本がこれまで締結してきたすべてのFTAEPAにも紛争解決規定は含まれている。ところが、日米貿易協定には紛争解決規定がない。これについて日本政府は、「日米という同盟国及び先進国同士の協定であるため紛争解決規定は設けていない」と説明している。だが、グローバル企業の活動が広がり企業の資本関係も多様化する中で、先進国同士の協定だから紛争規定を設けなくてもよいとの理屈は通るだろうか。
 レスター氏は、「日米貿易協定は当面、関税のみを対象をしているため協定違反や紛争が発生する可能性は低いためフルセットの紛争解決規定は必要ないかもしれない」としながらも、「訴訟、実施、およびコンプライアンスというフルセットの紛争規定条項がないままで、新たな法的義務は執行可能となるだろうか?」と疑問を呈している。
 ちなみに、日米貿易協定第6条では、「両締約国は、いずれかの締約国の要請の後30日以内に、この協定の運用又は解釈に影響を及ぼす可能性のある問題について、60日以内に相互に満足すべき解決に達するために協議を行う」との規定がある。おそらく日本政府は、これをもって紛争解決規定の代替とするということなのだろうが、通常のFTAEPAにあるような具体的なメカニズムが規定されていない曖昧な内容で、紛争解決規定とは言えない。
日米共同声明等には、今後も包括的なFTAを目指して両国は交渉を継続することが明記されている。その行方や時期は見通せないものの、仮に交渉が他分野にも拡大していった場合、レスター氏が言うように、一連の紛争解決規定が整っていないことは、今以上に重大な問題となる。

★ロビイ企業 WhiteCase
 次に、米国でも有力なロビイスト企業として知られるロー・ファームのWhiteCaseは、大筋合意後の94日、「米国と日本は“大筋合意”に到達したが、疑問と障害が残る」(原題:United States and Japan Reach "Agreement in Principle,"but Questions and Obstacles Remain)を発表。
 ここでは、農産品や工業品など各分野での関税撤廃・削減の結果を概観した上で、「日米のFTAが発効する前に、手続き及び政治的な面で、いくつかの障害が残る」とし、その一つとして「WTOとの整合性問題」を挙げている。こちらも以下に抜粋して紹介する(翻訳は筆者)。
 
「対象範囲が農産品、特定の工業製品、デジタル貿易に限定されていることから、WTO加盟国の中には日米貿易協定がGATT24条と整合的であるか、疑問に思う国もあるだろう。(中略:GATT24条の規定の説明)日米貿易協定が両国間の“実質的にすべての貿易”をカヴァーしていない場合、GATT248項に反しているとみなされるだろう。伴って、GATT1条に規定された最恵国待遇にも反する。
しかし、この懸念は、GATT245項が示す範囲内で「中間協定」として認められる場合には日米貿易協定には適用されない可能性がある。この条項は、条件を満たしている限り、“本協定のこの条項は、締約国の領域の間で、関税同盟を組織し、若しくは自由貿易地域を設定し、又は関税同盟の組織若しくは自由貿易地域の設定のために必要な中間協定を締結することを妨げるものではない”としている。(中略:中間協定として認められるための条件の説明)
 一方、GATT247(b)は、WTO加盟国がこの“中間協定”について、当事国の意図する期間内に関税同盟が組織され、または自由貿易地域が設定される見込がないか、もしくはその期間が妥当でないと認めたときには、協定の当事国に対して勧告を行うことを認めている。この勧告を受けた当時国は、“その勧告に従ってその中間協定を修正する用意がないときは、それを維持し、又は実施してはならない”とされている。これらの条項は検証されていないが、ホワイトハウスがこの協定を包括的な貿易協定の「第1段階」と定義づけていることに照らせば、同条項が日米貿易協定に適用される可能性がある。特に日本側は、本協定とWTO規律の整合性と、協定及びその実施に影響を与えるだろうこれら手続き上のハードルを懸念する可能性が高い」(傍線は筆者)

 ここでも、日米貿易協定がWTO違反である可能性が指摘されている。特に注目すべき指摘は、GATT247(b)では、GATTの締約国団が、ある貿易協定をWTO違反だと考えた場合、当事者国に対して勧告できる旨を規定している点だ(下線部)。この勧告を受けた当時国は、勧告に従って中間協定を修正する用意がないときは、当該協定を維持したり、実施してはならないとされている。もちろん、実際にGATT加盟国団が日本と米国に対して、この協定はWTO違反であると勧告をする可能性は低い。しかし、WTO交渉時代から、米国は途上国・新興国の市場を強行に開放させ、日本もまた、アジア諸国など途上国政府に関税撤廃による市場開放を強く求めてきた。力関係に従うしかなく、市場開放を行ってきた国も多い。そのような国々からすれば、仮に上記勧告をしなかったとしても今回の日米貿易協定は、「日米合作のルール破りのいかがわしい協定」に他ならない。多くの人が日米関係の中だけで「米国から攻められた」と言うが、世界の中で見れば「日本はトランプ大統領に二国間FTAでの勝利という『成功体験』を初めて与えた国」であり、多くの国にとって迷惑あるいは有害な国になるのではないか。


Peterson Institute(ペーターソン研究所)

やはり日本でも知られるワシントン拠点のシンクタンク「ペーターソン研究所(PIIE)」のジェフリー・スコット氏は、2019927日、「車輪の再発明:米国と日本の貿易協定の第一段階」(原題:Reinventing the Wheel: Phase One of the US-Japan Trade Pactにて、協定の概要と問題点を指摘している。ちなみにタイトルの「車輪の再発明」とは英語の慣用句で、すでに存在している物や技術と同じものを一から作ることを意味する。

 スコット氏は、日米貿易協定の結果を「トランプ大統領がTPPの離脱によって失った利益を部分的に回復する以上のものではない」と手厳しく評価した上で、「日米両国は、2020年春に交渉テーブルに戻り、物品及びサービス貿易、投資などに関するより広範な第2段階の協議を予定している」と述べている。
 また氏は以下のように分析している(翻訳は筆者)

「協定の最も重要な面は、おそらく協定に“含まれていない”条項だろう。自動車及び自動車部品は、日本から米国への輸出工業品の約38%を占める。しかしこの協定は、既存の米国の自動車の輸入規制(筆者註:関税を意味する)に変更を加えてはおらず、また日本にとっての脅威であり続ける米国による日本車への将来の貿易障壁(筆者註:高関税措置を意味する)から日本を除外するという約束を、少なくとも名目上は行っていない。トランプ政権は、早ければ201911月中旬に米国通商拡大法232条に基づいて、これらの関税を日本およびヨーロッパに課すことができる。
 日本は、自動車についての新たな保護主義に対抗する保証を主張していたが、日本の交渉官は、“日米両国は、これらの協定が誠実に履行されている間、両協定及び本共同声明の精神に反する行動を取らない。また、日米両国は、他の関税関連問題の早期解決に努める”という日米共同声明の曖昧なコミットメントに落ち着いた。にもかかわらず、日本の指導者はこの声明を確信している。安倍晋三首相は、“トランプ大統領と私自身の間で、これ以上の追加関税が課せられないことがしっかり確認された”と記者会見で宣言した。USTRのロバート・ライトハイザー代表は、安倍首相の発言を一部繰り返し、自動車関税措置の計画はないと述べた。しかしこれらの保証は、過去2年間の関税の脅威に関するトランプ大統領の気まぐれな行動を背景に置いて考えなければならない」

 スコット氏のこの指摘は非常に重要である。つまり、日米貿易協定に明記されなかった点や、曖昧にしか記載されていない部分こそ重要であるということだ。日本政府は「米国は期限を決めていないが、自動車・自動車部品の関税撤廃を約束した」と主張するが、スコット氏も「この協定は既存の米国の自動車の輸入規制(関税を意味する)に変更を加えてはおらず」と指摘する通り、米国側は「自動車関税を交渉の対象にする」と付属書にて約束しているが、「必ず撤廃する」という約束はしていないようだ。米国側のファクトシート等にも「自動車・部品の関税撤廃」は一切触れられていない。仮に、日本政府の主張が正しいとすれば、米国は国内でも最重要セクターである自動車産業に対し、「関税撤廃を(将来的にであっても)必ずする」とした約束を公表していないことになる。米国自動車業界がそのような政府の嘘を許すはずはなく、やはり米国政府は「関税撤廃については交渉次第であって約束はしていない」と認識しているからこそ、結果を明記していないのではないか。
 また、WTO違反問題については、氏は次のように述べている。(翻訳:筆者)

「現協定の範囲は限られているため、“実質的にすべての貿易”を対象とする包括的な自由貿易協定の一部でない限り、すべてのWTO加盟国に対して関税撤廃をすると定めたWTOの下で、米国の関税撤廃の義務が違反しているかどうかについて、国内外で懸念が提起されている。米国と日本の第一段階の協定が、この基準を満たしていないことは明白である。しかし、米国政府当局は、包括的な協定が完成すればWTOと整合的になると主張している。いずれにせよ、日米貿易協定がWTOの基準に達するためには、第2段階の交渉を迅速かつ包括的に行う必要がある」(傍線筆者)

 留意すべきは、もし米国側が現時点の協定をWTO違反であると認識している場合は、氏が指摘するように中間協定として整理し、その後すみやかに包括的なFTAとして完成させることでこの問題を解消しようとするかどうかだ。もちろん年明けからは大統領選挙戦が本格化していく中で、包括的なFTA交渉に取り組むことは現実的ではない。今後、日米はこの問題を議会や国際社会にどのように説明していくつもりなのか。もちろんWTO違反の状態を放置し続け発効することは大問題だ。十分に監視し問題提起をしていかなければならない。


※本稿は随時更新していきます。最終更新日:201910月28日

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