2013年4月15日月曜日

嘘とごまかしの政府発表―TPP日米事前協議内容を検証する


 2013412日、日米両政府はTPPに関する「事前協議」に関する合意文書をそれぞれ発表した。315日の安倍首相のTPP交渉参加表明以降、加速化されてきたといわれるこの事前協議だが、何としてでもTPPに入りたい日本と、その日本の足元をみて「高い入場料を払わせる」と意気込む米国という構図はすでにはっきりとしていた。

 私自身は、事前合意の発表をするという予告を聞いた際、「まさか本当のことを発表するわけがない。なぜなら、もしすべてを発表してしまったら日本がとことん身ぐるみをはがされ、TPP交渉に参加する前に丸裸の状態になることが明るみにでるから」と考えていた。

 そして発表がなされた後、日本政府の発表内容、米国USTRのリリース(英文原文)、そして各種報道を読み比較をしてみたところ、驚くべき事実がわかった。日本政府の合意公開資料は、USTRがリリースしたプレスを都合よくつまみ食いしたものなのだ。しかも、ねつ造ともいえる内容が含まれている。


写真① USTRのプレスリリース本文
 まずUSTRが発表したプレスリリースである。本文(※注1、写真①)と非関税措置に関する付属文書(※注2、写真②)からなる(これらの翻訳は近々公開しますので少しお待ちください)。

 

 
 
 
 
 
 
 
写真② USTRのプレスリリース付属文書(非関税措置)
 



 
 

 
 
 
 
 そして以下が日本政府が発表し、内閣官房のホームページにも掲載されている「日米合意の概要」である。新聞各紙にもこの内容が引用される形で報道されている(注3)。

=============================
日米協議の 合意の概要

平成25412
内閣官房TPP政府対策本部

1 日本が他の交渉参加国とともに、「TPPの輪郭」において示された包括的で高い水準の協定を達成していくことを確認するともに、日米両国が経済成長促進、二国間貿易拡大、及び法の支配を更に強化するため、共に取り組んでいくこととなった。

2.この目的のため、日米間でTPP交渉と並行して非関税措置に取り組むことを決定。
対象分野:保険、透明性/貿易円滑化、投資、規格・基準、衛生植物検疫措置等

3.また米国が長期にわたり懸念を継続して表明してきた自動車分野の貿易に関し、
(1)TPP交渉と並行して自動車貿易に関する交渉を行なうことを決定。対象事項:透明性、流通、基準、環境対応車/新技術搭載車、財政上のインセンティブ等
(2)TPPの市場アクセス交渉を行なう中で、米国の自動車関税がTPP交渉における最も長い段階的な引き下げ期間によって撤廃され、かつ、最大限に後ろ倒しされること、及び、この扱いは米韓FTAにおける米国の自動車関税の取り扱いを実質的に上回るものとなることを確認。

4.日本には一定の農産物、米国には一定の工業製品といった二国間貿易上のセンシティビティが両国にあることを認識しつつ、TPPにおけるルール作り及び市場アクセス交渉において緊密に共に取り組むことで一致

==================================== 
 

1.合意文書は米国からの一方的な「通達」

 上記2つの政府が出した文書を読み比べて、まず気づくのはその「トーン」の違いである。USTR側が出した文書は、明らかに米国から日本への「要求」という基調で書かれており、日本がそれにどこまで応じたか、ということに文書の主旨は尽きる。もちろん各政府は自らのプレゼンスを最大に行なうため若干のトーンの違いはあるだろうが、今回の2つの文書は、そのような「微妙な立場の違い」という説明ではすまされないほど強者と弱者の違いは明瞭だ。対等平等な合意文書というには程遠い、いわば「日本が宿題を米国に出し、それを添削してもらった」ようなものだ。

 一方日本政府の発表文書には、もちろんそのようなトーンは消されている。2月の日米共同声明でも同じだったが、あくまで「対等な日米」を演出しようとする意図が読みとれる。


2.項目が十分に反映されていない

 日米での事前協議の内容について、日本政府の発表した「概要」は、明らかに、意図的に国民からの批判を避け都合よく項目が取捨選択されている。

 USTR文書では、具体的な項目として「自動車」「保険」が立てられているのだが、日本政府の概要では、「自動車」の項目はあるが「保険」はない。USTR文書では約9行にもわたり記述されているにもかかわらず、その項目は削除され、保険については「その他の非関税障壁」という中の一つとしてふれられているだけである。

 また例えばさまざまな項目内で、USTR原文ではかなり詳細に記述されているにもかかわらず、意図的な省略が目につく。

 
3.意図的な項目の削除

 USTRがあげた日本に求める非関税措置の項目リストは以下のものだ。
 ・保険
 ・透明性
 ・投資
 ・知的財産権
 ・規格・基準
 ・政府調達
 ・競争政策
 ・急送便
 ・SPS(植物検疫)

 しかし日本政府の「概要」では、「知的財産権」「政府調達」「急送便」が抜け落ちている。
 知的財産権は、TPP交渉でももっとも妥結困難なヘビー・イシューであり、薬価や商標権、著作権など私たちの暮らしに大きくかかわる分野である。
 「政府調達」については、TPPに入れば例えば公共事業などの入札に外国企業も参入できることになり、これも地域経済や中小企業にとって大きな影響がある。さらに「急送便」は日本郵政の国際急送便事業と対等な競争条件を外国企業が確保できることが求められている。
 そもそも、非関税措置問題というのは、農産品などの関税品目とは異なり、幅広い分野・品目、サービス、規制が対象となる。TPPの怖さというのはむしろこの非関税措置がどれだけ「開放」させられるのか、という問題に尽きるといってもいい。私たちも事前協議において、牛肉や自動車、保険といったあらかじめ危険視されてきた品目以上に、どれだけ多くの非関税障壁が米国から「問題」とされるのか、強い関心をもって注視してきた。

 それだけ重要な内容であるのだから、1項目でも落とすことは、国民に対する嘘であり許されることではない。にもかかわらず、日本政府は先の3つの項目を意図的に削除したとしか考えられない。おそらくさらなる事前協議で妥協しなければいけない内容を少しでも少なく見積もりたかったのだろうが、USTRのリリースと比べれば一目瞭然である。姑息な手段というしかない。

 そしてUSTR文書の最後には、このような1行がある。

「両国の合意があれば、これら問題以外にも付け加えることができる」。

 もちろん、日米が対等に「合意」などできるわけがないので、これは米国側からの「脅し」である。「これだけで済むとは思うなよ」と、最後に念押しまでされているのだ。そして、当たり前だが日本政府発表では、このような「可能性」は一切ふれられていない。

 

4.「日本の農産物への配慮」など合意文書には一言もない

 最大の問題は、日本政府発表の「4.日本には一定の農産物、米国には一定の工業製品といった二国間貿易上のセンシティビティが両国にあることを認識しつつ、TPPにおけるルール作り及び市場アクセス交渉において緊密に共に取り組むことで一致」とある点だ。私はUSTR原文とこの概要をつきあわせ、大変に驚いた。原文には、このような内容が書かれた部分は1行たりとも存在しないからだ。

 むしろ、原文では、「高い基準を満たすための日本の準備」という項目のもと、「二国間協議を通じて、米国は、①日本がTPP交渉に参加するならば、現在の11ヶ国によって交渉されている高水準の協定を実現すべく準備すること、②これに対し日本は2月22日の共同声明においても、すべての物品を交渉の対象にすること、他の交渉参加国と共に、高水準で包括的な協定を実現することを日本は明確にした」と書かれている。要するに「TPP交渉はすべての物品が対象である」と断言されているのである。

 これらの下りもすべて、日本政府の概要からは丸ごと削除されており、その代わりに、「日本の農産物などのセンシティビティがあることを認識しつつ」などという真逆なことが書かれているのである。

 結論からいえば、こうした行為は文書の「ねつ造」という。

 しかしいろいろと周辺を調べると、こういう仕掛けであることがわかった。

 USTRのプレス文書の中に、補足資料として、駐米日本国大使・佐々江賢一郎氏とUSTRのマランティス代表代行の間で送り交わされた書簡が1通ずつ存在する(注4)。マランティスから佐々江宛てに返された書簡の最後のパラグラフに、このように記述されている。

「日本と米国は,日本には一定の農産品、米国には一定の工業製品というように、両国ともに二国間貿易上のセンシティビティが存在することを認識しつつ、TPPにおけるルール作り及び市場アクセス交渉において共に緊密に取り組んでいくことを楽しみにしています」。

  つまり、マランティスからのこの言葉を、「日米事前協議内容」に無理やりにつぎはぎし、日本国内で議論となっている「聖域」問題をごまかそうとしたのである。

  一般通念上、「合意文書」として正式にプレスリリースされた本文を適切に訳さず、付属の文書から都合よい部分だけを引用し、それを本文の「概要」とすることは、当たり前だが「改ざん」「ねつ造」である。一つ一つの文言はあっていたとしても、文脈は壊され、意図も不明瞭になる。そもそもマランティスの書いた最後の文面は、限りなく「リップサービス」に近いニュアンスであるし、仮にセンシティビティが存在することがわかっていても、本文において「すべてを関税ゼロにする」と明記されているのである。

 この部分をわざと削除し、代わりにマランティス発言をつぎはぎした日本政府の罪は重い。まさに急ごしらえの条件交渉を譲歩しまくった結果、あまりに多くの「敗退」の連続であり、何とかそのボロを隠ぺいすべくあわてて文書をつぎはぎしたに違いない。 

 さすがにこのことはマスメディアも問題視しており、413日付の朝日新聞でも、「米国の本音は米政府が12日に発表した合意文書にあらわれている。日本政府が発表した合意文書と大きく違う内容なのだ。自動車や保険などで日本が譲歩したことはくわしく書かれている。だが、日本の農産物に配慮することについては一切ふれられていない」と記載されている。さらに同紙では、マランティスやUSTR側の意向として「すべての品目で関税ゼロをめざす」というコメントも合わせて掲載しているのだ。

  まさにこれが、米国の本音であり、事前協議の本質である。

 それを知っておきながら、国民を欺こうとする、ここまで愚かな政府を持ったことに、怒りを通り越してあきれ果てるが、しかし、徹底的にこの「嘘とまやかし」を糾弾していかなければならない。

 私は、政府に対して、ここに記述した内容について公開質問状などを提出したいと思っている。多くの方々の参加を求めるようなしかけも工夫したいと思うので、その際にはぜひご協力をお願いしたいと思います。
 
★注2:

0 件のコメント:

コメントを投稿