2013年4月17日水曜日

TPP日米事前協議を検証する 【続報】―日米の認識のギャップには「関与しない」という日本政府


 2013415日、本ブログにて、TPP事前協議の合意として、日本政府と米国政府がそれぞれリリースした文書内容について掲載した(注1)。その主旨は、双方の政府が「合意をした」とされる内容の発表が、あまりにもかけ離れているという点だ。ちょっとした誤解や解釈の違いではすまされない、大きな認識のギャップがそこにはあった。

 記事掲載後にも、私には疑問が残った。日本政府が出した「日米協議の合意の概要」(注2)にである。内閣官房のウェブサイトには、この「概要」が掲載されている。しかしそれは「概要」であって、では詳細な中身が書かれた「本文」はどこにあるのか?という疑問である。

 いくつかの手段で調べた結果、驚くべき事実がわかった。

 内閣官房によれば、「日本政府が公式だとする『合意文書』そのものは、①「日米間の協議結果の確認に関する往復書簡(仮訳)」(注3)(在米日本大使の佐々江氏と、USTRのマランティス代表代行の間で取り交わされた書簡1通ずつである)と、②「自動車貿易TOR(仮訳)」(注4)というのだ。いずれも内閣官房のウェブサイトに掲載されている文書ではある。

 私ははじめ、何のことだかさっぱりわからなかった。

 そのような書簡が、重大なTPP事前協議の内容が書かれた公式文書であるとされているとは夢にも思っていなかった。しかし内閣官房によれば、まず佐々江氏とマランティス氏の間で①の書簡がやりとりされた後に、日本は「合意内容の概要」という文書を、米国はUSTRのリリースを出した、というのである。
 

 しかし、さらに疑問は深まる。

 日米両国政府の「合意」事項がその書簡であったとしても、私が先のブログで指摘した、その後の両政府の発表内容に大きなギャップがあるという事実は消えない。同じことを合意し、共通の文書もあるというのなら、後に日本政府はUSTRが出したリリースを見て、驚いたはずではないのか。

 この点について内閣官房の担当者は、「結局はこの二つが合意文書であり、USTRが何を言ってるかは日本政府は関知しない」との見解を示した。

 それを聞いてさらに私は仰天した。

 合意を経た後の相手国のリリースについて、それが自国の発表内容と大きく異なっていたとしても「関知しない」というのだ。こんなことがあるだろうか。個人レベルで考えたとしても、「こういう約束をした」と両者が合意した後に、相手がそれと矛盾した内容をもって「私はこの人とこういう約束をした」と対外的に語っていることに気づけば、「いやいや、そういう内容の約束ではなかったでしょう」というはずであるし、いうべきである。ましてやこれは個人レベルの約束などではなく、私たちの暮らしや社会、国家の主権そのものの変容・変質を迫る危険のあるTPPの事前交渉の内容である。「関与しない」どころか、逆に、相手国がちゃんと約束通りの内容を国内的にも発表しているか、鋭く目を光らせてチェックし、少しでも間違ったことを述べているとわかれば、ただちにそのギャップを問題にし、訂正を求めたり再度の協議の場を求めなければならない。しかし日本政府は、あくまで合意文書は先の2つであり、その後のリリースは関知しないと、その責任を放棄しているのだ。

 さてこのような経緯を受けて、私自身の書いた記事について、もし日本政府がいう「合意の公式文書」が上記2点だとすれば、事実関係として若干の訂正が必要になるかもしれない。私は当初、USTRのリリースおよび日本政府の「概要」こそが公式の合意文書であると理解した。したがって、それらを比較し、日本政府が意図的に、佐々江・マランティス書簡から無理な引用をしつぎはぎをしたと批判したからだ。しかし、何が双方にとっての正式な合意文書か、という点については、日本政府の見解をただ信用するわけにはいかない。むしろ真実は何なのか、改めて日米双方に確認をしていく必要がある。

 それ以外の部分については、公式な合意文書がどうあれ、問題の本質はまったく変わっていない。日米双方の見解には大きな隔たりがあり、それ以上に、「相手国の出したリリース内容については関知しない」という日本政府の無責任ぶりが露呈するという結果となった。問題は、ここで生じている両国の認識のギャップが、ただほおっておけばいいという類のものではないということだ。USTRの文面からは、明らかに、米国は日本に数々の要求をしているし、今後も引き続きしてくることになることが伝えられている。「それには関知しない」と今いっている日本政府は、やがて現実的に次々と要求がなされた際に、「我々はそんなことには関知しない」とでもいって済ませるつもりなのだろうか? 残念ながらそれですまされるばずはない。つまり、日本政府がいま述べている見解というのは、国民に対してあまりにも場当たり的な逃げ口上であり、根拠のない説明である。

 もう1点、事前協議をめぐって重大な点がある。日本政府の「事前協議の概要」には、次のようなくだりがある。非関税措置への取り組みに関して、「日米間でTPP交渉と並行して非関税措置に取り組むことを決定」とされている。

 これを見て、「事前協議といっているのに、なぜTPP交渉と並行するのか?そもそもこの合意というのは『事前』なのだからTPP交渉の『前』に終わっているはずなのではないのか?」と思った方は、ごく常識的な感覚を持っていると思う。

 つまり、なぜ、日米の非関税措置についての協議は、TPP交渉という多国間での枠組みと並行しながら延々と続くことになるのか?という問題である。

 ここには米国の意図と、実に巧妙なやり方がある。

 もしTPP交渉自体がもめたりしてうまくまとまらなかった場合、米国にとっては日本から得るものはさほどないということになりかねない。だからこそ、多国間協議であるTPP交渉とはまったく別の二国間協議という枠組みにおいて、「TPP交渉が始まってからも、米国は日本に非関税措置の取り組みを求める」といっているのだ。つまり米国は、TPP交渉で日本から実利を取れなければ、二国間の協議で取ればいいと考え、保険をかけているようなものだ。この二重の縛りは、日本にとっては致命的である。仮にTPP交渉で日本がうまく立ち回って、米国の要求を丸のみしなかったとしても、米国は「それならば二国間協議でやる」と切り替え、日本に同じ内容を迫ってくるだけだ。二国間交渉において日本が上手にかわしていくという確率は、残念ながら大変に低いといわざるを得ない。

 まったく絶望的な気分にもなるが、しかし今回の事前協議の合意発表をめぐっては、日本がまったくといっていいほど勝ち得るものがなかったという点が明らかになった。逆に、米国にあらゆる面で譲歩をしまくり、さらには日米で大きく異なる発表内容についても「何も異議は申しません」という立場をとっていることも明らかになった。すでにこれは一国の政府の体をなしていないのだが、明白なのは、「TPPに入っても日本には何もメリットはない」ということだ。事前協議でこれだけの内容を唯々諾々と米国に渡しておきながら、「本交渉では交渉力を発揮して聖域を守ってルールメイキングをします」といったところで、その言葉は信頼に足るはずがなく、空疎な妄想といっても言い過ぎではない。

 このような事実を一つ一つ提示し、多くの人の目に、耳に、伝えながら、参加表明撤回を求める声をさらに大きくしていかなければならない。
 
 

 

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