英国を含む富裕国は、もはや必要がなくなったか、あるいは使用できない何億回分もの新型コロナウイルスのワクチンを確保している。現在、これらの国々は、命を救うワクチンを無駄にしていると非難されている。ジェーン・フェインマンが報告する。
原文:How the world is (not) handling surplus doses and expiring vaccines
By Jane Feinmann 翻訳:内田聖子
https://www.bmj.com/content/374/bmj.n2062
2021年7月下旬、米国の各州では、8月に期限切れを迎えるファイザー社の大量のワクチンを含む、1310万人を保護するに足る約2600万本の未使用の新型コロナウイルス・ワクチンが保管されていると報告された[1]。
「我々は余ったワクチンに溺れている。ちょっと馬鹿馬鹿しくなってきたよ」。元米軍大佐であり、アーカンソー州でのワクチン配布活動を主導しているロバート・アトール氏は、医療ニュースサイト「Stat」に対し語った。一方、カナダ[2]、ドイツ、イスラエル[3]、リトアニア、ポーランド[4]、ルーマニアでは、使用期限を過ぎたワクチンを廃棄している。
英国も同じ問題に直面している。7月末に、17万回分のモデルナ製ワクチンが2週間以内に期限切れになる恐れがあるとの報告がなされた。また、国民保健サービス(NHS)の医師も、ファイザーおよびモデルナ製のワクチンが何千本も廃棄されていると報告していた[5]。さらに、ライフ・サイエンスの分析を行うエアフィニティ社がブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(BMJ)に提出した独自のデータは、さらに深刻な問題を示している。
英国は、2021年中に納品される予定の4億6700万回分の新型コロナ・ワクチンを購入している。英国は他の高所得国と同じように、ワクチンが承認される前に発注をかけてリスク・ヘッジを行ってきた。しかしその結果、英国は現在、国民一人あたり約7回分のワクチンを確保していると、エアフィニティ社の主任アナリストであるキャロライン・キャセイ氏は言う。「つまり、16歳以上の80%がワクチンを接種し、かつリスクの高いグループに2021年9月末からブースター・ショットを接種すると仮定すると、英国政府は2021年中に2億1900万回分の余剰ワクチンを保有することになります」と、彼女は説明する。
「政府が寄付を約束した3000万回分のワクチンを(他国に)実際に寄付しても、それでもなお1億8900万回分のワクチンが余ることになります。2022年までに余剰ワクチンは4億2100万回分に達する可能性があります」。
寄付の難しさ
余剰ワクチンの寄付は、口で言うほど簡単ではない。ワクチンへの忌避、アストラゼネカ製ワクチンへの懸念、そして国内需要の減少は、多くの国で同時に発生している。また、2020年12月頃以降に製造されたワクチンの保存可能期間は、慎重に設定されているため、多くの余剰在庫ワクチンが期限切れを迎えている。
ファイザー、モデルナ、アストラゼネカ、ヤンセン(ジョンソン&ジョンソン)のワクチンは、最長6ヶ月間の緊急使用認可を得て発売された。ほとんどのワクチンおよびその他の医薬品の保存可能期間は2〜3年であることと比較すれば短期間である。英国王立薬剤師会の主任研究員であるジノ・マルティーニ氏は、これを「ワクチンを可能な限り早く市場に出すための必然的な結果」だと言う。
英国医薬品・医療製品規制庁(MHRA)の広報担当者がBMJ誌に確認したところによると、発売から数ヵ月が経った後も、これらのすべてのワクチンには、「緊急」的な有効期限が残っているとのことである。
「承認された新型コロナウイルス・ワクチンの当初の有効期限は、英国医薬品・医療製品規制庁(MHRA)に提出された時点で利用可能なデータに基づいていました」と彼らは言う。「MHRAが承認したいずれの新型コロナウイルス・ワクチンについても、長期の保存可能期間は延長されていません。また、保存可能期間の延長には、関連する安定性試験による裏付けが必要であることに留意することが重要です」と述べている。
ワクチンメーカーは、おそらく通常の2年間よりも長い保存可能期間を提供することを目的として、ワクチンをモニターしている。マルティーニ氏は、「規制当局とメーカーは、現時点で話し合いを行っていると断言できます」と述べている。
しかし、このような議論は、すでに購入・配布された何億本ものワクチンが使用期限を迎えていることについては役に立たない。
国際的な悲劇
この問題は、新型コロナウイルスのワクチンの平等な配分を目的とした国際的なCOVAXイニシアチブに対する富裕国からの寄付を後退させると同時に、中低所得国で見られる比較的高いレベルのワクチンへの受容性を損なう恐れがある。
期限切れが近いワクチンの寄付は、疑念の目で見られる――アフリカ連合のワクチン供給アライアンスの共同議長であるアヨアデ・アラキジャ氏は、「貧しい人々に残り物を与える行為」と『テレグラフ』紙にて表現している[6]が――これは、世界保健機関(WHO)が、有効性を評価した後に期限切れのワクチンを他国に移転するという提案をしていることと矛盾する(WHOは各国に対し、その有効性を検証する間は、期限切れのワクチンを保持するよう求めている)。
実際、WHOの提案は、最もワクチンを必要としている国を含むいくつかの国では無視されており、それらの国々は期限切れが近い、あるいは期限の切れたワクチンを廃棄している。例えば、2021年3月、世界で最もワクチン接種率の低い国の一つであるマラウイでは、有効期限が4月13日と表示されたアストラゼネカ製ワクチン約2万本を公然と焼却された。これは、有効期限の後に、第2回目用として同じロットのワクチンを供給するよう求める必要があるためだ。
「我々は、マラウイ国民への説明責任を果たすために、これらワクチンの在庫を公然と破棄しているのです」。保健大臣のクフムビゼ・チポンダ氏は、アストラゼネカ製ワクチンのバイアルを入れた赤いビニール袋を、首都リロングウェの焼却炉に自ら捨てた際に語ったと報じられている[7]。
南スーダンでは、同じ理由で5万9000回分のワクチンを廃棄する予定だと報じられている。また、南アフリカはインドの血清研究所に対し、4月初めに到着した100万本のワクチンを、同じ有効期限の4月13日のものと交換するよう要請した。
豊かな国においては、消費期限は不変のものと考えられているため、このような姿勢は驚くべきことではない。また、新たなmRNA技術に対する警戒心も一因となっている。6月初旬にファイザー製の2回目のワクチンを接種した899人のニューヨーク市民は、後にそのワクチンが期限切れだったことが判明し、全員が3回目のワクチン接種を受けることになった。
「有効期限が過ぎてしまえば、mRNAワクチンとそれを保持する脂質ナノ粒子が、体内の細胞に運ばれる前に生き残っているという保証はありません」と、ニューヨーク市立大学のブルーシュ・Y・リー教授(健康政策・管理学)は、『フォーブス』誌に書いている[8]。しかし、mRNAや他の種類のワクチンが有効期限を過ぎても効果を維持できないという証拠はない。
英国医薬品・医療製品規制庁(MHRA)によれば、英国では新型コロナウイルスの製造者が緊急使用許可の延長を試みたことはない。「もし市場での販売承認を得た者が、現在承認されている製品の保存期間を延長したい場合は、裏付けとなるデータを提出し、MHRAによる評価と承認を受けなければなりません」と、MHRAの広報官はBMJ誌に語っている。「能力のある製造業者は誰でも、製品のストックに対して安定性試験を行うことができます。必要な裏付けとなる安定性データを入手し、提出する責任は、市場での販売承認を受けた者の側にあります」。
国境なき医師団(MSF)によると、この責任を果たすには時間がかかるが、世界のワクチン接種のとてつもない不平等を解消するためには重要である。
国境なき医師団(MSF)の国際医療コーディネーターであるミリアム・ヘンケンス氏は、「保存期間を延長するためには、メーカーは追加的なリアルタイムの安定性データを規制当局に提出しなければなりません」と言う。「このデータが認められれば、メーカーはワクチン・バイアルのラベル(または箱)やリーフレットに正しい情報を記載しなければなりません。私たちは、メーカーに対して、保存期間を延長する責任を負うことを公に求めていかなければなりません」
国境なき医師団(MSF)にてWHOのACTアクセラレータのタスクフォース・リーダーを務めるアマンダ・ハーベイ=デヘイは、「何千本ものワクチンが廃棄されるリスクを考えると、メーカーが実施する安定性試験やそれに伴う保存期間の延長について、私たちがほとんど把握できていないのは残念なことです。現在の有効期限は、ただでさえ困難な接種キャンペーンに大きなプレッシャーを与えています」
管理、管理、管理
有効期限の延長を承認した国もある。カナダの連邦機関であるカナダ保健省は、オンタリオ州が保有する数十万本のアストラゼネカ製ワクチンについて、もともと6月上旬に終了する予定だった有効期限を1ヶ月間延長することを承認した[9]。オンタリオ州のパティ・ハジュ保健大臣は、この措置について、「新たな安定性データにより、製品の品質に変化がないことが明らかになったためです」と述べている。
一方、ヤンセン製のワクチンは、2021年2月に承認された際には、3ヶ月の保存期間が付与されていたが、米国食品医薬品局(USFDA)により6月に6週間延長され、7月末にはさらに6週間延長された[10]。
しかし、事態は必ずしもこう簡単には進まない。イスラエルのメディアは、ファイザー社が7月30日に期限切れとなる約100万人分のワクチンの有効期限を延長してほしいとの政府の要請を、「現在の有効期限を過ぎても安全だと保証するに足る十分な情報がない」として拒否したと報じている[11]。これはおそらく、「冷蔵のみ」の温度で31日間保存することを含む、2020年12月に初めて承認された最長6カ月の保存期間に加える措置を意味しているのだろう。
イスラエルは、人口の55%が完全にワクチン接種を終えており、その需要が減少している。そのため、タイムリーなワクチン接種が可能になるように、最初はパレスチナと、次に英国との間でファイザー製ワクチンの交換取引を仲介しようとしたが、失敗に終わった。パレスチナとの交渉は、パレスチナ政府がワクチンの有効期限が直前に迫っていると判断したため、失敗に終わった。英国との交渉は、双方が熱心に取り組んでいたにもかかわらず、「技術的な理由」のため進まなかった[12]。
最終的にイスラエルは、感染症の急増のためワクチン需要が高まっていた韓国にワクチンを送ることになったが、この時交わされた合意は、韓国は今年の後半に同数のファイザー製ワクチンをイスラエルに返還するというものだった[13]。
官僚主義もまた、他国にワクチンを提供する試みを遅らせている。5月、アリゾナ大学は、移動式の診療所で使用していた10万人分の予備ワクチンを、国境を越えてメキシコに送ろうとしたが、「物流上の困難」を理由に、米国政府から拒否された。医療ニュースサイト「Stat」によれば、これらのワクチンは米国連邦政府が所有しており、各州がそれを再配布することは条件として認められていないとのことだ。同時に、アフリカ連合のワクチン供給アライアンスは、ほとんど何の準備もない国に対して、ワクチンが次々と配送されていることを懸念している。
「ワクチンを寄付する国や組織は、貧しい国が突然大量のワクチンで溢れかえるような事態を避けるために、寄付されたワクチンの事前計画を支援する必要があります」と、エアフィニティ社のケイシー氏は言う。「どの国でも、国民への投与量を突然4倍に増やせるようになる前に、インフラを強化する必要があります」と彼女は言う。「これは、現状でも医療システムが弱く、能力が限られている国では特に顕著です」。