2019年10月27日日曜日

日米貿易協定の問題点:米国専門家からも“WTO違反”の指摘

 2019年10月24日、衆議院本会議にて「日米貿易協定」及び「日米デジタル貿易協定」の審議が始まった。安倍首相はじめ政府は一貫して「ウィンウィンの結果」と主張するが、専門家による各種分析や野党からの質問によって、その根拠は極めて乏しいことが次第に明らかになっている。  
 私自身は、日米貿易協定については日本国内への影響に関してはもちろんだが、それだけでなく国際貿易体制という観点からの分析が必要であると強く考えている。その際に大きな問題として挙げられるのが、この協定がWTOに違反しているという点だ。

これについては、自由貿易を推進する専門家からも早い段階から指摘がされ、また拙稿「多国間貿易体制を脅かす日米貿易協定―WTO違反をしてでも米国の要望に応えるのか」(ハーバービジネスオンライン)でも詳しく論じた。国会審議でも、野党側からこのことはすでに追及されてもいる。
しかし、日本政府の説明や答弁を見ていると、政府は「WTOには違反していない」との姿勢をとり、この問題を真摯に受け止めるどころか、まったく意に介していない態度だ。例えば、政府が出した協定の「影響試算」では、WTO違反として指摘されている、米国側の自動車・自動車部品の関税撤廃について、明確な約束を取り付けられていないにも関わらず、「将来的に関税撤廃をする前提」として、米国側が関税撤廃をした際の92%の関税撤廃率を前提にして影響試算を行っている。それだけでも問題だが、野党から「米国の自動車・部品の関税が撤廃されない場合の試算も出してほしい」との要求に、政府は「撤廃が前提なので出せない」と拒否している。これでは到底、客観的な議論などできるはずもない。

日本政府のこのような態度は、誠実さや透明性に欠け、「国内的にうまく説明すれば何とかなる」という意識を感じざるを得ない。また残念ながら、そのような政府の姿勢が影響してしまうのか、国会議員、マスメディア、市民など含め、我々の側も非常に内向きな議論に拘泥しがちである。
そこで本稿では、主にWTO違反問題を中心に、米国の通商交渉専門家やロビイストなどが日米貿易協定をどう分析しているかを紹介する。

★Cato Institute(ケイトー研究所)
まず、日本でも知られる保守系シンクタンク「Cato Institute」(ケイトー研究所)のサイモン・レスター氏は、署名・協定文公開直後の10月8日、「日米の新たな貿易協定(原題:The New U.S.-Japan TradeDeal)」の中で、日米貿易協定に関して、①自由化の度合い、(2)WTOとの整合性、(3)米国議会の承認のない執行協定として進めることの影響、(4)紛争解決条項の欠如、の4つの観点から分析と問題提起をしている。
このうちWTO違反問題に該当する部分を紹介しよう(翻訳は筆者)。

「“実質的にすべての貿易”をカバーする場合にのみ二国間合意を許可するWTO規則が、(日米貿易協定のような)限られた範囲での協定と一致するのかどうかという問題がある。この協定は、GATT第24条の下での“中間協定”として認められるだろうか? GATT第24条5項(c) は次のように規定する。“サブパラグラフ(a)及び(b)で言及される中間協定は、関税同盟または自由貿易地域の形成に関して、合理的な期間内での計画および日程が含まれなければならない”。これまでのところ、日米貿易協定の中には、包括的なFTAに向けた“計画と日程”を見いだせない。しかしおそらく、何らかのことがなされるのだろう(ファクトシートでは、“米国は、関税及び非関税障壁に関する残された課題に対処し、またより公正でバランスの取れた貿易を実現するために、日本とのさらなる交渉を楽しみにしている”ということのみ記載されている)。
関連する問題は、他国の政府はこれら全体をどう考えるのか、ということだ。問題となっているすべての製品について、日米の関税引き下げにより悪影響を受ける他国の生産者が生じる可能性がある。彼らは、日本と米国の両方に対してWTO規則を遵守するよう攻撃的になるだろうか? それとも、トランプ政権が自由化を行ったことを喜び、不満を述べることを恐れるのだろうか?」

 レスター氏は日米貿易協定がGATT第24条に反しており、またいわゆる「中間協定」にも定義されないことを指摘している。
 また氏は、WTO違反の問題と同時に、(4)紛争解決規定が含まれていない点も指摘している。実はこの点は私自身も気になっていた点だ。通常、WTOはもちろんのこと、個別のFTA/EPAにおいても、国と国の紛争解決規定は定められるものである。日本がこれまで締結してきたすべてのFTA/EPAにも紛争解決規定は含まれている。ところが、日米貿易協定には紛争解決規定がない。これについて日本政府は、「日米という同盟国及び先進国同士の協定であるため紛争解決規定は設けていない」と説明している。だが、グローバル企業の活動が広がり企業の資本関係も多様化する中で、先進国同士の協定だから紛争規定を設けなくてもよいとの理屈は通るだろうか。
 レスター氏は、「日米貿易協定は当面、関税のみを対象をしているため協定違反や紛争が発生する可能性は低いためフルセットの紛争解決規定は必要ないかもしれない」としながらも、「訴訟、実施、およびコンプライアンスというフルセットの紛争規定条項がないままで、新たな法的義務は執行可能となるだろうか?」と疑問を呈している。
 ちなみに、日米貿易協定第6条では、「両締約国は、いずれかの締約国の要請の後30日以内に、この協定の運用又は解釈に影響を及ぼす可能性のある問題について、60日以内に相互に満足すべき解決に達するために協議を行う」との規定がある。おそらく日本政府は、これをもって紛争解決規定の代替とするということなのだろうが、通常のFTA/EPAにあるような具体的なメカニズムが規定されていない曖昧な内容で、紛争解決規定とは言えない。
日米共同声明等には、今後も包括的なFTAを目指して両国は交渉を継続することが明記されている。その行方や時期は見通せないものの、仮に交渉が他分野にも拡大していった場合、レスター氏が言うように、一連の紛争解決規定が整っていないことは、今以上に重大な問題となる。

★ロビイ企業 White&Case
 次に、米国でも有力なロビイスト企業として知られるロー・ファームのWhite&Caseは、大筋合意後の9月4日、「米国と日本は“大筋合意”に到達したが、疑問と障害が残る」(原題:United States and Japan Reach "Agreement in Principle,"but Questions and Obstacles Remain)を発表。
 ここでは、農産品や工業品など各分野での関税撤廃・削減の結果を概観した上で、「日米のFTAが発効する前に、手続き及び政治的な面で、いくつかの障害が残る」とし、その一つとして「WTOとの整合性問題」を挙げている。こちらも以下に抜粋して紹介する(翻訳は筆者)。
 
「対象範囲が農産品、特定の工業製品、デジタル貿易に限定されていることから、WTO加盟国の中には日米貿易協定がGATT第24条と整合的であるか、疑問に思う国もあるだろう。(中略:GATT第24条の規定の説明)日米貿易協定が両国間の“実質的にすべての貿易”をカヴァーしていない場合、GATT第24条8項に反しているとみなされるだろう。伴って、GATT第1条に規定された最恵国待遇にも反する。
しかし、この懸念は、GATT第24条5項が示す範囲内で「中間協定」として認められる場合には日米貿易協定には適用されない可能性がある。この条項は、条件を満たしている限り、“本協定のこの条項は、締約国の領域の間で、関税同盟を組織し、若しくは自由貿易地域を設定し、又は関税同盟の組織若しくは自由貿易地域の設定のために必要な中間協定を締結することを妨げるものではない”としている。(中略:中間協定として認められるための条件の説明)
 一方、GATT第24条7項(b)は、WTO加盟国がこの“中間協定”について、当事国の意図する期間内に関税同盟が組織され、または自由貿易地域が設定される見込がないか、もしくはその期間が妥当でないと認めたときには、協定の当事国に対して勧告を行うことを認めている。この勧告を受けた当時国は、“その勧告に従ってその中間協定を修正する用意がないときは、それを維持し、又は実施してはならない”とされている。これらの条項は検証されていないが、ホワイトハウスがこの協定を包括的な貿易協定の「第1段階」と定義づけていることに照らせば、同条項が日米貿易協定に適用される可能性がある。特に日本側は、本協定とWTO規律の整合性と、協定及びその実施に影響を与えるだろうこれら手続き上のハードルを懸念する可能性が高い」(傍線は筆者)

 ここでも、日米貿易協定がWTO違反である可能性が指摘されている。特に注目すべき指摘は、GATT第24条7項(b)では、GATTの締約国団が、ある貿易協定をWTO違反だと考えた場合、当事者国に対して勧告できる旨を規定している点だ(下線部)。この勧告を受けた当時国は、勧告に従って中間協定を修正する用意がないときは、当該協定を維持したり、実施してはならないとされている。もちろん、実際にGATT加盟国団が日本と米国に対して、この協定はWTO違反であると勧告をする可能性は低い。しかし、WTO交渉時代から、米国は途上国・新興国の市場を強行に開放させ、日本もまた、アジア諸国など途上国政府に関税撤廃による市場開放を強く求めてきた。力関係に従うしかなく、市場開放を行ってきた国も多い。そのような国々からすれば、仮に上記勧告をしなかったとしても今回の日米貿易協定は、「日米合作のルール破りのいかがわしい協定」に他ならない。多くの人が日米関係の中だけで「米国から攻められた」と言うが、世界の中で見れば「日本はトランプ大統領に二国間FTAでの勝利という『成功体験』を初めて与えた国」であり、多くの国にとって迷惑あるいは有害な国になるのではないか。


★Peterson Institute(ペーターソン研究所)

やはり日本でも知られるワシントン拠点のシンクタンク「ペーターソン研究所(PIIE)」のジェフリー・スコット氏は、2019年9月27日、「車輪の再発明:米国と日本の貿易協定の第一段階」(原題:Reinventing the Wheel: Phase One of the US-Japan Trade Pact)にて、協定の概要と問題点を指摘している。ちなみにタイトルの「車輪の再発明」とは英語の慣用句で、すでに存在している物や技術と同じものを一から作ることを意味する。

 スコット氏は、日米貿易協定の結果を「トランプ大統領がTPPの離脱によって失った利益を部分的に回復する以上のものではない」と手厳しく評価した上で、「日米両国は、2020年春に交渉テーブルに戻り、物品及びサービス貿易、投資などに関するより広範な第2段階の協議を予定している」と述べている。
 また氏は以下のように分析している(翻訳は筆者)

「協定の最も重要な面は、おそらく協定に“含まれていない”条項だろう。自動車及び自動車部品は、日本から米国への輸出工業品の約38%を占める。しかしこの協定は、既存の米国の自動車の輸入規制(筆者註:関税を意味する)に変更を加えてはおらず、また日本にとっての脅威であり続ける米国による日本車への将来の貿易障壁(筆者註:高関税措置を意味する)から日本を除外するという約束を、少なくとも名目上は行っていない。トランプ政権は、早ければ2019年11月中旬に米国通商拡大法232条に基づいて、これらの関税を日本およびヨーロッパに課すことができる。
 日本は、自動車についての新たな保護主義に対抗する保証を主張していたが、日本の交渉官は、“日米両国は、これらの協定が誠実に履行されている間、両協定及び本共同声明の精神に反する行動を取らない。また、日米両国は、他の関税関連問題の早期解決に努める”という日米共同声明の曖昧なコミットメントに落ち着いた。にもかかわらず、日本の指導者はこの声明を確信している。安倍晋三首相は、“トランプ大統領と私自身の間で、これ以上の追加関税が課せられないことがしっかり確認された”と記者会見で宣言した。USTRのロバート・ライトハイザー代表は、安倍首相の発言を一部繰り返し、自動車関税措置の計画はないと述べた。しかしこれらの保証は、過去2年間の関税の脅威に関するトランプ大統領の気まぐれな行動を背景に置いて考えなければならない」

 スコット氏のこの指摘は非常に重要である。つまり、日米貿易協定に明記されなかった点や、曖昧にしか記載されていない部分こそ重要であるということだ。日本政府は「米国は期限を決めていないが、自動車・自動車部品の関税撤廃を約束した」と主張するが、スコット氏も「この協定は既存の米国の自動車の輸入規制(関税を意味する)に変更を加えてはおらず」と指摘する通り、米国側は「自動車関税を交渉の対象にする」と付属書にて約束しているが、「必ず撤廃する」という約束はしていないようだ。米国側のファクトシート等にも「自動車・部品の関税撤廃」は一切触れられていない。仮に、日本政府の主張が正しいとすれば、米国は国内でも最重要セクターである自動車産業に対し、「関税撤廃を(将来的にであっても)必ずする」とした約束を公表していないことになる。米国自動車業界がそのような政府の嘘を許すはずはなく、やはり米国政府は「関税撤廃については交渉次第であって約束はしていない」と認識しているからこそ、結果を明記していないのではないか。
 また、WTO違反問題については、氏は次のように述べている。(翻訳:筆者)

「現協定の範囲は限られているため、“実質的にすべての貿易”を対象とする包括的な自由貿易協定の一部でない限り、すべてのWTO加盟国に対して関税撤廃をすると定めたWTOの下で、米国の関税撤廃の義務が違反しているかどうかについて、国内外で懸念が提起されている。米国と日本の第一段階の協定が、この基準を満たしていないことは明白である。しかし、米国政府当局は、包括的な協定が完成すればWTOと整合的になると主張している。いずれにせよ、日米貿易協定がWTOの基準に達するためには、第2段階の交渉を迅速かつ包括的に行う必要がある」(傍線筆者)

 留意すべきは、もし米国側が現時点の協定をWTO違反であると認識している場合は、氏が指摘するように中間協定として整理し、その後すみやかに包括的なFTAとして完成させることでこの問題を解消しようとするかどうかだ。もちろん年明けからは大統領選挙戦が本格化していく中で、包括的なFTA交渉に取り組むことは現実的ではない。今後、日米はこの問題を議会や国際社会にどのように説明していくつもりなのか。もちろんWTO違反の状態を放置し続け発効することは大問題だ。十分に監視し問題提起をしていかなければならない。


※本稿は随時更新していきます。最終更新日:2019年10月28日

2019年3月5日火曜日

日米貿易協定の交渉目前―国会審議における政府答弁の曖昧さ


2019年3月4日、参議院予算委員会にて舟山康江議員が日米貿易協定について安倍首相、茂木大臣等に対して質問を行った。そのやりとりの報告と、主な問題点を以下にまとめる。

【審議の概要】
舟山:日米貿易協定の交渉開始時期について、2月27日、USTRライトハイザー代表が、下院公聴会にて、3月にも交渉開始したいと発言した。交渉はいつ始まるのか?
茂木:日米物品貿易協定交渉の日時・場所はこれから決定する。
舟山:米国は3月にも始めると言っており、また米国内の国内手続きは終わっておりいつでも始められる状態。これは受け身で、向こうが言ってきた日程の通り始めるという理解でいいのか?
茂木:決してそんなことはない。コミュニケーションをとってお互い最もよいタイミングで交渉をスタートしたい。
舟山:(安倍総理への質問)政府は物品貿易協定と言っているが、対象となる分野は、物品だけという理解でよろしいのか?
安倍:昨年の日米共同声明では、物品貿易と併せて早期に結論が出るものについても交渉するとされた。具体的な対象分野は今後茂木大臣とライトハイザー代表が協議する。
舟山:茂木大臣は9月の記者会見で『あくまで物品貿易に限定されたものであり、投資・サービスを含まない』と答えたがその理解でいいのか?
茂木:基本は物品貿易。そして物品貿易と同じタイミングで結論が出るものも対象に含み得る。その対象は私とライトハイザー代表の間で合意したもののみが入る。そういった中で例えば金融、保険などのサービス分野で制度改正が必要はものはどう考えてもそんな早い時間でできないため、それらが対象となることは想定していない。
舟山:そうすると物品が中心であるが、その他の分野でも交渉対象として合意ができたものは交渉すると。大臣が記者会見で話したことは撤回するということか?
茂木:私とライトハイザー代表の間で合意したものが対象に入る。私が合意しない限り2人の合意にならないので、先ほどの答弁通りとなる。
舟山:大臣は明確に、物品だけで投資・サービスは入らないと言っていた。しかし入る可能性があるのであればその発言は誤りではないか?
茂木:私は『物品だけ』だとは言っていない。『基本は物品』であり、その上で物品と同じタイミングで早期に結果が出るものは交渉の対象になりうると言っている。
舟山:官邸のホームページを確認した。大臣の発言として『あくまで物品の貿易に限定されたものでありまして、我が国がこれまで結んできたFTAとは異なりまして、投資・サービスのルールは含まないものでありまして』と明確に大臣はおっしゃっている。違うじゃないですか。
茂木:長い文脈を読んでいただければ、そうでないことはわかると思いますが、先ほどの説明の通りで、サービス分野の金融・保険のように交渉に時間がかかるものは交渉の対象にされないと、そのような意味であります」(速記止まる)
茂木:物品貿易と、サービス貿易があるわけです。物品貿易全般、そしてサービス貿易等々を含めて、全体的に行うものが包括的なFTAである。そのような包括的な交渉を日米物品貿易協定の中で行うことはない。
舟山:結局、国民に物品だけだと強調したかった、そのために逆に誤解を生んでいるのではないか。一方、米国が発表した交渉の目的には、明確に22項目の分野が挙げられている。交渉目的も関税・非関税の両方に対処するとある。この違いをどのように受け止めればよいのか?
茂木:一般的に交渉の目的はUSTRが貿易権限(TPA)を取得するためにつくっているもので、私とライトハイザー代表の間では9月の日米共同声明に沿って交渉を進めるということでまったく齟齬はございません。
舟山:米国の交渉目的はかなり具体的である。そうすると米国がいくらいろいろ言っていても、物品貿易以外のことは受けないと。その対応方針を総理お答えください。
安倍:米国側がそういうものを出しているのはTPAとの関係上だと思いますが、いずれにしても日米共同声明に沿って交渉を行う。茂木大臣からありましたように基本的に物品貿易について交渉していくわけですが、早期に結論が出るものについては交渉も行うと。しかしそれは茂木大臣とライトハイザー代表が協議して決めたものである。日本側が拒否したものについては入らない。
舟山:だんだん言い方のトーンが下がってきている。対象は物品だけ、他のものは入らないと言いながら、合意ができれば入ってきますよ、となった。共同声明にも物品だけと限定されていない。だから最初にごまかしていたということだ。そして9月以降、国民にどのような情報提供をしてきたのか?
茂木:その前に、先ほどの22項目を見ても一般的だということはよくわかると思います。16項目目は腐敗行為の防止ですよ。そんなことを日本と米国の間で交渉するということは想定できないと思います。9月までに私とライトハイザー代表との合意については共同声明にすべて盛り込まれている。そして9月以降、現在まで米国とは具体的な交渉は行っておりません。
舟山:私が聞いているのは国民に対してですよ。どのような交渉をして何を獲得していくのか、何か国民に情報開示しているのか?
茂木:今申し上げたように共同声明にすべて反映させている。今回の交渉の目的は、日米間での貿易・投資を互恵的な形で拡大し、世界経済の自由で公正かつ開かれた発展を実現すると明記。さらに共同声明では基本的に物品を対象とし、農林水産品については過去のEPAで約束した譲許内容が最大と明記。さらに協議中はその精神に反する措置はとらないとある。このようにして日本として国益に沿って交渉を進める環境をしっかり整えていると考えています。
舟山:これだけ大きな相手国であるので、もう少し国民に対して丁寧に説明すべき。何も言っていない。ホームページも何も更新されていない。日米首脳会談の写真だけで中身は何もない。もう一度確認しますが、そうすると為替操作条項や中国排除条項、薬価についても米国が言っているが、毅然としてはねつけるという理解でよろしいのか?
茂木:国益に反するような合意をするつもりはございません。為替については共同声明にも盛り込まれておりません。また日米首脳会談にて為替の話はまったく出ておりません。
舟山:相手国はたくさん出している。それに対してこちら側は何の情報も出さずに、結局このように決まりましたと。これまでの交渉もすべてそうだった。パネルをご覧ください。米国もEUもパブコメや公聴会などいろいろやっている。影響評価報告書なども出している。日本は何もやっていませんが、どのように考えているのか。総理お答えください。
安倍:一般的に外交交渉の経緯を広く伝えることは相手側との信頼関係を損なう恐れがあり、また類似の交渉に不利益をもたらす恐れがあるため困難と考えています。ただこうした中でも政府としては交渉の進展に応じて公開できる情報についてはできる限り国民の皆様に提供していく考えであります。日米交渉についても茂木大臣からその都度、可能な範囲で説明が行われるものと考えております。
茂木:9月の日米首脳会談前に私とライトハイザー代表が2回協議をした。その結果については記者会見で丁寧に私から説明している。その後、米国ではTPAを取るプロセスがあったり、USTRも他の交渉もあり具体的な日程は調整できていない。具体的な交渉を行っていないので公表する内容もない。今後交渉を行っていく過程で必要に応じて。交渉というのはこちらの情報をできるだけ出さずに、相手の情報をいかに多く取るかということで交渉優位というのが決まってきます。そういった国益も考えながらその中での情報公開は行っていきたいと考えています。
舟山:交渉ごとですから手の内を明かさないというのはよくわかります。ただ交渉に入る前に国民の声、国会、立法府の声を聞く努力をすべき。それを他国はやっている。なぜ日本はやらないのか。必要ではないのか?
茂木:米国については一般的な手続きとして目的やいろんなものをやっているわけです。先ほど言ったように日米で腐敗防止について協議するなど誰も考えないわけです。一般的なフォーマットだということは誰が見ても明らか。その中で日本も米国も交渉の途中段階では同じレベルで情報公開を行う。国民の皆様の懸念、特に農林水産業の懸念を踏まえて共同声明の内容をまとめた。
舟山:聞いているのは、交渉開始前にいろんな意見を聞いて方針に盛り込んでいくことをやらないのかと。
茂木:類似の経済連携協定であるTPP、日EUの交渉を進める中でも長時間にわたり審議をしてきた。全国レベルでも説明会を行って地域の声や農林水産団体の声も聴いてきた。これからもそうする。
舟山:日米交渉でそれはなされているのか?腐敗防止のことばかり言っているが医薬品や政府調達、為替なども米国文書には入っている。それについて国民の声を聞いているのか?
茂木:医薬品ついては何ら交渉するという話は出ていません。制度改革が必要になるんですよ。半年、1年でできる話ではない。そんなことがスコープ(交渉範囲)に入ってくることは考えられない。仮にそういったものが入ってくることになれば必要な声は聞いていきたいと考えています。
舟山:そうすると日米交渉にあたりパブコメや公聴会などを行う予定はないという理解でいいのか?
茂木:これまで様々な声は聞いてきました。これからも必要に応じて国民の皆様の声、業界の皆さんの声をしっかりと聴いて交渉を進めていきたいと考えています。

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 この質問と答弁の中で、指摘しておきたいのは以下の点である。

(1)  政府はいまだに「日米物品貿易協定(TAG)」と名付けている
 2018年9月の日米首脳会談において、両国首脳は今後日米間での貿易交渉を開始することに合意した。その直後から日本政府はこの交渉を「日米物品貿易協定」と名付け説明してきた。しかし日米共同声明の中にも「日米物品貿易協定(TAG)」という固有名詞はなく、それどころか物品の他にも「早期に成果を出せるサービス分野」の交渉が同時に進められること、さらにその交渉の後には投資・サービス分野の交渉も始めることも記載されている。政府の誤った説明はすでに多くの指摘がなされているので繰り返さないが、交渉が始まろうとしている時期に来ても、「日米物品貿易協定(TAG)」という名称を使っていることには驚き、あきれるしかない。米国側は「日米貿易協定(USJTA)」という名称を正式に使用しており、結果的に名前の問題から早くも両国に齟齬が生じている。

(2)交渉範囲の説明が徐々に変化している
上記とも関連するが、日米首脳会談直後、茂木大臣は「物品に限った交渉で、投資・サービスなどはルールは含まない」と説明してきた。しかし共同声明を素直に読めばそれは嘘であり、またこの間、米国側が出している各種の文書(特に2018年12月21日付けの「日米貿易協定 交渉の目的」)などからも、少なくとも米国側はTPPとほぼ同じ章立ての貿易協定を想定していることが明らかとなった。舟山議員が追求したのもこの問題である。9月以降、実は日本政府の答弁は徐々に変化してきている。当初は「物品のみ」と言い切っていた対象について、次第に「他の分野も含む」ようにと説明が変わってきたのだ。今回の答弁でも、茂木大臣と安倍首相の双方ともが「基本的に物品だが、早期に結論を出せる分野については、茂木大臣とライトハイザーUSTR代表とが協議し、合意したもののみ対象となる」と答えている。初期段階の答弁とは一変していることは重大な問題だ。
問題は、「早期に結論を出せる分野」とは何か、誰がそれを判断するのか、ということだ。茂木大臣は、「医薬品分野は制度改革を必要とし、半年や1年では結論が出ないので交渉の範囲には含まれない」と答えている。しかし、米国側が医薬品分野を早期に結果が出る分野として提示してくる可能性は大いにある。すでに米国医薬品業界は、2017年の日本の薬価算定制度の改定によって米国企業が不利益を受けていると強硬に日本に抗議をしている。米国からすれば昨日今日に生じた問題ではなく、逆に日米貿易協定交渉が始まったことを利用して一気に要望を押し通そうとしてくるのではないか。「早期」というスパンについても、茂木大臣は「半年や1年」ととらえているようだが、韓米FTAの再交渉もNAFTA再交渉もトランプ政権の開始後から始まり1年を超えてようやく妥結した。米国側は「早期」というスケジュールにこだわってはおらず、むしろ医薬品については「実利」を優先して求めてくると私は見ている。

(3)米国の「交渉の目的」は単なる形式的なフォーマットなのか?
茂木大臣は答弁の中で、何度も「USTRの交渉の目的」文書は、「一般的な米国の手続きに過ぎない」「交渉対象に22項目も挙げているが、それらは形式的なフォーマットである」と、実際の交渉範囲は米国の文書に書かれたほどには広がらないという認識を強調した。特に、例えば「交渉の目的」に「腐敗防止」という項目があることを取り上げ、「日本と米国の間で今さら腐敗防止について交渉するとは誰も思っていない」と述べた。
しかし本当に米国が提示している交渉対象範囲は、単なる「フォーマット」であり実現しないのだろうか? 
USTRは日本以外の他国と貿易交渉を行う際、同様の「交渉の目的」を議会に提出することが義務付けられており、確かにその基本フォーマットは存在する。しかし「交渉の目的」は単にフォーマットを使いまわしただけのものではなく、NAFTAの再交渉にしろ、TPP協定にしろ、「交渉の目的」で掲げられた項目は、その後の貿易協定の章立てとしてそのまま実現されている。つまり米国による「交渉の目的」は、完成した貿易協定の章立てを先んじて表現しているものだと見るのが妥当だ。茂木大臣の言うように改めて「腐敗防止」を日米で深く議論する必要はないだろう。しかし米国が求める「貿易協定の形(章立て)」には腐敗防止は必要な項目であり、だからこそわざわざ現時点から交渉の目的に入れているのだ。
また米国の「交渉の目的」が単なるフォーマットでないことは、別の点からも指摘できる。例えばTPP協定と新NAFTA(USMCA)協定の章立てと日米貿易協定の「交渉の目的」22項目を比較すればわかるのだが、日米貿易協定の「交渉の目的」に挙げた項目は、少しずつTPP協定や新NAFTAとは異なっている。例えば日米貿易交渉には為替操作禁止条項や中国排除条項が加わっていたり、また農業バイオテクノロジーに関する記述は、TPPを超えゲノム編集をも対象とすることなど、これまでのTPP水準を超える要求が具体的に書かれている。これらを「形式的なフォーマットに過ぎない」と日本政府が本気で軽視しているのだとしたら大変な事態を引き起こしかねない(実際にはそれなりに重視し、分析をしているであろうと推測する)。

その他にも舟山議員は国民や立法府としての議会への説明や情報開示について、重要な指摘をしているが、納得のいく答弁がかえってきていない。日米貿易協定の交渉は、TPPや日EU経済連携協定以上に、秘密裡に進められ私たちの見えないところで決定がなされる可能性が高い。引き続き情報収集と分析を続けていきたいと思う。