2013年3月21日木曜日

嘘に塗り固められたTPP報道―交渉参加を米国・日本のマスメディアはどう伝えているのか






「交渉参加のために、日本にはまだ多くの『仕事』がある」。

 安倍首相がTPP交渉参加を正式に表明したのは2013315日。その直後の316日(日本時間)、米国のロイター通信はこのような見出しでニュースを配信した(★1)。


3月16日に配信されたロイター記事
 その本文はいきなり衝撃的だ。

「米国は、米国が主導するTPPへの日本の参加表明を慎重ながらも歓迎する。日本は長年にわたる米国産品に対する障壁について取り組む姿勢を示さなければならない」(傍線は筆者)。

 続く内容の要旨はこうだ。

「世界第3位の経済大国である日本の参加は、米国の輸出産業に明るい展望をもたらす。しかし日本が自動車、保険、農産物の関税に関して、米国の『関心事』にきちんと答えない限り交渉は成立しない恐れがある。米通商代表部(USTR)のマランティス次席代表によると米国はすでに一年以上も自動車、保険、牛肉などの分野で日本との『事前協議』を進めてきたが、日本のやるべき『課題』はまだ残っている。(正式な参加表明がされた後の)今後は事前協議をさらに進めていく、と語る」

 さらに紙面では、米国連邦議会上院金融委員会のマックス・ボーカス氏らの発言を紹介。日本の参加は「米国の利益になる」ので歓迎だが、同時に「正式な交渉参加には政治的意志(=事前協議で米国の要求を受け入れること)が決定的に重要」という。キャンプ米下院歳入委員長も、「日本が米国からの自動車輸出や保険部門に関して十分に確約していないことを依然懸念する。交渉参加を支持するにはこれらの問題解決が不可欠」と発言しており、これも紙面で紹介されている。 

 もちろん、米国では日本の交渉参加に難色を示す自動車業界もあり、それらの反対意見も紹介されてはいるが、むしろこれは日本への強烈なプレッシャーとして「利用」されているに過ぎない。

 要するに、「安倍首相の参加表明などは『単なる表明』。これで入れると思ったら大間違い。本気で入りたいなら『事前協議』にて米国のいうことを呑みなさい」というのがワシントンからの強烈なメッセージなのだ。平たくいえば、TPPという「ぼったくりバー」に入る前に、入口でまずはとことんカツアゲされるということだ。こんな理不尽なことがあるだろうか。

 さて、安倍首相の記者会見を思い出してみよう。

「日本の国益を守る」「関税問題では聖域を守る」と繰り返し、挙句の果てには「私を信じてほしい」と情にまで訴えた。しかし、米国の報道はその熱意とは真逆に、冷淡に「入りたいならまず誠意を見せろ」といっているのだ。また日本政府は一貫して米国との事前協議を否定してきたが、あっさりと「牛肉、保険、自動車について1年以上も事前協議を続けてきた」と書かれている。

 その他、実に多くの企業、業界団体などが日本のTPP参加表明について「歓迎」と「要求」のコメントを次々と発している。あげればきりがないが、新聞やウェブサイトから拾ってみる。

◆米国のカーギル社は「歓迎」声明をリリース。同社は穀物をはじめ精肉・製塩等食品全般、金融商品や工業品に至るまで展開する多国籍企業であるが、「TPPは全ての産業分野の物品を含まなければならない」(=例外は認めない) としている(★2)。

◆アーミテージ氏、ナイ氏らによる米国の保守シンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」は、TPPの基準を満たすため「日本は農業やサービス分野、労働市場、規制慣行で、過去進まなかった構造改革を促すものでなければならない」としている。CSISのウェブサイトには、「Why Japan Should Join the TPP(なぜ日本はTPPに参加すべきなのか)」という文書が掲載(★3)。ちなみにCSISは「日本の原発はアジア太平洋の安全保障にとって不可欠」という「指示」を日本に出している(アーミテージ・ナイレポート 2012年)。

◆日本の農産物市場を狙う「全米コメ連合会」は、コメを含む全品目を交渉対象にすることを参加の条件とし、日本にとって、米国産米の輸入拡大は必須と表明。(★4)

◆米国最大の農業団体「米国ファーム・ビューロー連盟」のストールマン会長は「TPPは包括的な協定であり、個別分野が除外されてはならない」と主張(★5)

 このすさまじいギャップを見て、「安倍さん、騙されている!」「米国は日本をはめたな。ずるい!」と思うのはあまりに無垢といえるだろう。そもそも、日本と米国の間には今回の参加表明を含めたシナリオは描かれており、安倍首相はただそれに沿って演じたに過ぎないからだ。


朝日新聞(2013年3月17日)

 米国の企業や業界団体、USTRなどにここまでいわれているという現実を、日本の多くの人は知ることができない。なぜならば、マスメディアが伝えないからだ。伝えないどころか、朝日新聞は参加表明後の317日、「TPP、米の報道控えめ」と題した記事を掲載している。朝日新聞とニューヨーク・タイムズ紙のTPP関連記事の本数の比較(20131月~316日まで)を行ない、日米首脳会談も米国では大きく扱われていない、と強調した。

しかし実際には、ニューヨークタイムズは日本のTPP交渉参加表明直後の316日、大きく記事に扱っている(★6)。朝日新聞は、同紙の「1月から316日に報じたTPP関連の記事は10本に過ぎない」と書き、内容はいっさい紹介せずに「本数」という問題にしているが、そのうちの重要な「1本」の要旨が下記である。

「日本の参加は経済的には意味があるが、参加国は交渉を遅滞されられるのではないかと懸念を持っている。農民たちは自民党政権の主要な票田であるが、TPPで農業は壊滅的な打撃を受けるとずっと反対をしてきた。安倍首相はその反対の声がある中で、TPPという自由貿易協定を受け入れるという政治的リスクを選択した。自由貿易の嵐を和らげるため、安倍首相は米国から米などの関税撤廃を除外するという『あいまいな』約束を取り付けている。しかし、交渉の中でこれらの例外を日本が主張すれば、他の工業製品の輸出など日本にとって重要な分野での市場獲得は困難になる。今後は関税撤廃だけでなく、小売りや自動車、健康などの分野にあった日本の『悪名高い障壁』を外国企業のためになくす努力が求められる。日本にとってのTPP参加は、経済大国であり軍事的なプレゼンスも増した中国と渡り合うための大きな一歩でもある。米国にとってのTPPは、オバマ政権のアジア外交の軸であり、米国の輸出拡大の手段だが、米国の自動車産業は、日本が『外国の自動車メーカーに対する閉鎖的で不公正な国内規制』を取り払わない限り、日本のTPP参加には反対するといっている」

 朝日新聞などマスメディアが、「意図的に」これらの米国の報道を無視していることは明らかだ。伝えないならまだしも、「あまり報道されていない=大した問題ではない」とまでいっていることはあまりに罪深い。しかも朝日新聞は、海外向けの英字記事は冒頭のロイターによる記事を発信しているにもかかわらず、国内向けにはこのような有様である。日本国民は英語も読めないし、情報収集能力もない、と思っているのだろうか。もちろん米国のマスメディアが本当に真実を伝えているか、という問題はある。しかし少なくとも、今回のTPP報道で見る限り、米国は自国の「利益」を最大に主張している。

なぜ日本のマスメディアは米国側の報道の中で読み取れる意図を伝えないのか。答えは簡単である。いったんこれらが明らかになれば、農業団体はもちろん多くの反対の声はさらに高まる。安倍首相が操り人形だということが露呈する。国会でも野党はもちろん、自民党内からも反発は出るだろう。そうなれば財界やワシントンと利害を一致させているマスメディアも「困る」からである。

 このすさまじいメディア状況の中で、私たちは「政府に不都合な真実」を常にキャッチし、読み解いていかなければならない。それがTPPを葬り去る最大の手段であるからだ。


 


 

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