2013年3月9日土曜日

TPP交渉ウォッチ vol.4 国際NGOの活躍―たばこ規制問題に取り組む マリー・アスンタ・コランダイさん

 今回も引き続き、第16TPP交渉会合が行なわれているシンガポールからお伝えしたい。

 会期中、アジア太平洋地域11か国の交渉担当官がここに集まり、膨大な数の交渉分野について9日間をかけて交渉を行う。TPPがカヴァーする分野だけでも30近くあるため、交渉担当官の総数だけでも200名近くに及ぶ。米国やオーストラリア、カナダ、そしてホスト国(今回はシンガポール)は多数の交渉チームを派遣しているが、ブルネイやベトナム、チリ、メキシコなどの国の交渉担当官の数は相対的に少ない。

 そして、この交渉の舞台にて活躍をするのが国際NGOの存在である。私自身も、今回はその一人として参加している。

 日本はまだ交渉参加国ではないため、当たり前だが「交渉参加国のステークホルダー」にはなれない。が、これまで15回重ねられてきた交渉に、交渉参加国の市民社会を代表するNGOや各種団体は根気強く参加し、常に交渉の動きをウォッチしてきた。

 米国のNGO、パブリックシチズンからはロリ・ワラックさんを含め2人が参加。同じく米国のNGO「KEI」はインターネット上の権利や知財関係の専門だ。ニュージーランドからはジェーン・ケルシーさん、マレーシアからは消費者団体、Third World Network、タイのFTAウォッチ、Oxfamなどである。

 その中の一人、NGO「東南アジア・たばこ規制連合(Southeast Asia Tobacco Control Allaiance: SATCA)」(http://seatca.org/)の政策担当マリー・アスンタ・コランダイさんにお話を聞いた。

マリーさん
 マリーさんは、たばこのもたらす害と、貿易問題を20年以上ウォッチしているNGOのベテランだ。大学で教師をしていたこともある。TPP交渉への参加は今回で4回目となる。国籍はマレーシアだが、現在はオーストラリア・シドニーを拠点に活動をしている。「東南アジア・たばこ規制連合」の活動は、たばこが人体にもたらす害悪(間接的な喫煙を含めた二次被害も含めて)を社会的に訴え、たばこを社会からなくす運動が基本だ。そしてもう一つの側面が、たばこの「貿易」「知的所有権」にからむ問題だ。これがマリーさんがTPP交渉に根気強く参加している大きな理由である。

TPPがカヴァーする領域の中で、たばこは、知的財産や物品の貿易など約10の分野に関係してくる品目です」

 現在の日本のTPP反対のネットワークの中には、たばこ規制の問題に取り組む団体は見られず、TPP問題と関係づけられていないように思う、と話してみた。

「実は私は、日本のたばこ産業が政府の独占下にあった頃から注目していて、論文を書いたこともあります。なぜ日本のたばこ産業に注目したかというと、世界の3大たばこ企業は、フィリップ・モリス、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ、そして第3番目が日本の専売公社でした。前者の2社についてはすでにさまざまな情報が市民社会側からも出されていたのですが、日本たばこに関しては何の情報もなかった。だから、私は興味を持って調べ始めたのです」

 実際に、インターネットの検索で、マリーさんの名前と「Japan」「tabaco」という文字を入れてみると、たくさんの書類や論文が出てくる。こんなところで日本のたばこ産業の専門家に出会えると思わず、いろいろと教えていただいた。

1985年の日本のたばこ産業の民営化は、『効率的な経営をして、国際的な競争力をつけるため』とされましたが、実際には米国のUSTRによる圧力からでした。しかしフィリップ・モリスという企業は、USTRと最も近しく、影響を与えることのできる大企業です。日本のたばこ産業民営化の背景には米国たばこ産業の思惑があったことは多くの人が知るところでしょう」。


東南アジアたばこ規制連合のTPP交渉官への要請
 マリアさんたちは、TPP交渉の会期中に、11か国の交渉担当官に向けて要請文(写真参照)を提出した。「TPPは参加国の経済成長に寄与するといわれているが、世界保健機構(WHO)による年間1000億ドルのコストを無視している。そのコストとは、たばこに起因する疾病によって、TPP参加国のうちカナダ、米国、オーストラリア、ニュージーランドの4か国の政府に強いられるコストである」というものだ。

 つまりいくらTPPで経済成長しても、たばこ規制を野放しにしていれば、結果的にコストはかかる、という主張だ。彼女たちのように、たばこ規制の問題に長らく取り組んできたNGOにとって、TPPはまさに大企業のためにあるしくみであり、自由貿易がさらに進めば、これまでの国際社会の取り組みは台無しになる、と考えている。
 
すでに国際的には、WHOによる「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」というものが存在する。保健分野における初めての多数国間条約であり、たばこの消費等が健康に及ぼす悪影響から人びとを保護することを目的とし、たばこに関する広告、包装上の表示等の規制とたばこの規制に関する国際協力について定めるものである。2005227日に発効し、締約国は、たばこ消費の削減に向けて、広告・販売への規制、密輸対策が求められる。日本も批准している。TPP参加国では、米国を除くすべての国が批准している。まさに「TPPと国際条約の戦い」だと彼女はいう。

 マリーさんは、38日に行なわれたステークホルダー会議後の記者会見にて、たばこの規制がTPP交渉においてどのように議論されているのか、何らかの措置が講じられるのかを質問した。特に、WHO条約にのっとり、たばこの害悪について人々にとって必要な情報がきちんと伝えられるのか、と。

「交渉官の答えは、TPPはたばこの規制については視野に入れていない、という答えが返ってきました。国内問題だから、というのです。これまでの自由貿易交渉ではいつも、私たちの知らないところで話が進められてきました」という。

 今回の会合には、「ニュージーランド医学生協会」という団体もステークホルダーとして参加しており、「たばこ産業は他のどの企業とも異なる扱いが必要である、パッケージの表示や広告についても、WHO条約のもとでは企業の社会的責任として、異なる扱いが求められるからだ」という発言もした。だがマリアさんの懸念は強い。

「この問題の詳細は『貿易』の交渉官に丸投げされていますが、私たちが伝えたいのは、国際条約を忘れないでほしい、ということです」
 
 たばこのパッケージへの健康被害の表示問題は、すでに米国とオーストラリアの間で争いとなってきた。ここでは詳しく述べないが、日本でさほど注目されていないこの「たばこ規制」問題を、ぜひ皆さんにも知っていただきたい。

 マリーさんたちは今後も、TPP交渉をウォッチしながらたばこ規制を社会的にアピールをしていくつもりである。日本のTPP反対運動でもぜひ仲間をつくって広げてほしい、私たちの仲間は日本にもいるから紹介をする、と数名の医師、薬剤師の名前を次々とあげてくれた。NGO内での意見調整やキャンペーンの方法など、実践的なアイデアもたくさんいただき、本当に勉強になった。たばこ規制に関する国際会議「APACT2013」が、ちょうど今年8月に日本で開催予定だ(http://www.apact.jp/)。マリーさんも来日を予定している。彼女と再会するときには、日本のTPP反対運動にたばこ規制のグループも加わっているように、帰国したらさっそくアプローチをしてみようと思う。

 TPP交渉にてであった国際NGOのつながりは、会議が終わってからも続いていく。

 

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