2013年3月9日土曜日

TPP交渉ウォッチ vol.3 米国企業とともに知財保護を訴える日本の製薬企業

 第16TPP交渉会合の場に参加している。すでに36日に行なわれたステークホルダー会議については簡単に報告したが、今回はもう少し広く企業側の動きなどを紹介したい。

 東京での「STOP TPP!!官邸前アクション」の際にも何度もふれてきた点だが、TPP交渉の大きな特徴の一つは、このステークホルダー会議にある。未だ交渉内容が明らかにされておらず、かつ交渉の最中である期間中に、「ステークホルダー」と称して米国を中心とする企業や企業連合、商工会議所などがブースを出展したりプレゼンテーションをするということは、これまでの主要な貿易交渉では見られなかった。もちろん、水面下では行なわれてきたはずだが、ここまであからさまにオフィシャルな行事として「商談」を位置づけた貿易交渉はない。WTO交渉でさえこのようなことはない。その意味では、私たちNGO側もステークホルダー会議に出席することで、どのような企業が、何を目的に話をしているのかが、多少ではあるが聴き取ることができる機会でもある。

 まず、36日に行なわれたステークホルダー会議では、ブース出展とプレゼンテーションが行なわれた。その後、38日(金)の夜には各国の交渉担当官とステークホルダーを招いての「TPPレセプション」が開催された。このレセプションの主催者は、なんと在シンガポール米国商工会議所である。協力として、シンガポール・ビジネス連盟、オーストラリア商工会議所、カナダ商工会議所、ニュージーランド商工会議所の名が並ぶ。これがすべてを物語っているのだが、招待状には「すべての交渉国の主要な産業ステークホルダーにお越しいただきたい。ここはTPPによる経済発展のためのネットワークと関係づくりの素晴らしい場となるでしょう」などと書かれている。要は「がんばって商談をまとめてください」といわんばかりなのだ。

TPPレセプション。企業と交渉担当官の交流の場
 そういう背景があるため、この場は私も属するNGOや消費者団体などのステークホルダー中のマイノリティにとっては、きわめて居心地の悪い催しである。むしろ「招かれざる客」といっていいだろう。実際に、私は招待状を受け取り(機械的にすべてのステークホルダーに送付される)、少し締切が過ぎた後に申し込みをしたら、「レセプションは満員です。キャンセルが出たらお知らせします」というそっけない返事がメールで返ってきた。当日まで何の連絡もないので、実際に会場に行ってみると、そこは大きなレセプションホールで、定員などは関係のない広さだった。そして受付は設置されていたがそれほど厳重なものではなく、予約もできていなかった私も知らん顔をして入ることができた。つまり私はNGOだったから拒否されたわけで(事実、申込フォームには企業かNGOかなど記入する欄がある)、これが企業セクターの人間だったらおそらく違う返事が送られてきたに違いない。

 さて、レセプション自体は、きわめてわかりやすい「財界と政府交渉官の出会いの場」であった。互いに名刺交換をしながら様々な会話をする。もちろんこれはきっかけにすぎず、交渉が終わってからあらゆる形でのコミュニケーションは続いているのだと思われる。

米国研究製薬工業協会がTPP交渉官にあてた要請書
 さてもう少し別の角度から企業によるTPP交渉への関与を見ていこう。TPP交渉が始まる当日である34日、「米国研究製薬工業協会: PhRMA」が、TPP交渉の各国交渉担当官あてに、「知的所有権のさらなる強い保護を求める要望書」をリリースした(写真参照)。米国の大手製薬会社にとっては、知的所有権の確保はもっとも重要な課題だ。ここでは「アルツハイマーやパーキンソン病、がんの治療薬開発にとって知財保護は必要」「研究のさらなる発展のためには知財の保護が不可欠」などと書かれている。また「知財は雇用の拡大、世界規模の経済発展、医薬品アクセスのために絶対に必要」とも書かれてあるが、その因果関係がまったく意味不明ではある。なぜ米国を中心とする医薬品会社の知的所有権が強く守られることが、医薬品アクセスに貢献するのか。実際にはその逆である。世界中のエイズ患者がどれほどジェネリック薬に頼って命をつないでいるのか、考えてみればすぐにわかることだ。さらにこの文書では、「韓米FTAでは米国企業の市場が広がった」とまで書いてある。米国研究製薬工業協会の加盟企業は、ファイザーやジョンソン&ジョンソン、グラクソスミスクライン、ブリストル・マイヤーなどの米国多国籍企業だ。しかし日本の私たちがぜひ知らなければいけないのは、加盟企業の中には、エーザイ株式会社や第一三共薬品株式会社などの日本企業も加わっているということだ(在米支社として加盟しているが、加盟企業リストのウェブサイトに飛ぶと日本本社の英語ページへと飛ぶ)。米国研究製薬工業協会の加盟企業リスト⇒ http://www.phrma.org/about/member-companies

 つまり、すでに日本企業は間接的にではあるが、米国企業と一体となり、TPP交渉において各国交渉担当官に、知財の保護、つまり自社の利益を守るように要求しているのである。ご存じの方も多いと思うが、米国では国会議員ですら交渉中のテキストを見ることができないにもかかわらず、「アドバイザー」として約600の企業は、テキストに自由にアクセスできる。当然医薬品企業のうち大手のいくつかは、この600社の中に含まれるので、すでに交渉中のテキストを見ているだろう。あくまで仮定だが、さらにそれが米国研究製薬工業協会の中で日本の医薬品企業の手にもわたっていてもまったくおかしくない。TPPのような秘密裡の交渉においては、テキストを見ること、入手することが「勝者」の証だ。内容を知らずに交渉を自らの有利に運ぶことはできない。日本の財界は実は在米企業を通じて、すでにテキストを手にしているのではないか、という懸念がぬぐえない。日本での大きな反対の声があるにもかかわらず、日本の財界がTPP参加を一心不乱に進めようとする根拠はここにあるのではないだろうか。

 そして重要なことは、TPP交渉では、この知財分野がもっとも難航している交渉分野だということだ。自国の主張をあくまで通そうとする米国と、その他の国が対立している。今回の交渉でも、知財分野の交渉はもっとも多くの日程が割かれ、現在も交渉が進んでいる。何人かの交渉官に尋ねてみても、「知財分野は本当に難儀で頭が痛い」という本音の声を聞くことができた。

 交渉全体の進展や結果は、現時点ではつかみきれないが、ぜひ日本企業と米国企業の「密接な関係」については知っていただきたい。

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