2013年3月25日月曜日

日本政府のウソと参加表明を許さない!―TPP交渉会合報告①


★嘘に塗り固められた安倍首相の「TPP参加表明」

  2013年3月15日、安倍首相はTPP交渉への参加表明を正式に発表した。

 その数日前から、マスメディアは「15日表明」という露払い報道の一色だった。危機感の高まる中、PARCも参画する「STOP TPP!!官邸前アクション」は、同日昼、議員会館前での「緊急座り込み行動」を提起、午後六時の安倍首相の記者会見は、議員会館で仲間や参加者とともにテレビで見ることになった。

 ここまで嘘で塗り固められ、すでに論破されてきたTPPについての誤った認識を根拠にし、国民を馬鹿にした会見は、歴史に残るひどいものであった。「政府はTPP参加後の経済効果の試算を出して国民に付す」といっておきながら、参加表明をした後に、その試算が発表されるという本末転倒ぶりも特記しておきたい。私が得たリーク情報によると、この日安倍首相は六時四五分から財界の会議にて挨拶をしなければならず、それに間に合うように会見の時間が設定され、結果的に試算は後でとなったらしい。したがって会見はもともと最大30分だけと限定され、記者の質問も途中で遮られた。国の未来を揺るがす重要な決定であるにもかかわらず、である。


2013年3月15日、議員会館前での座り込み
 会見後、私たちは緊急記者会見を行なった。どのメンバーも、そして会場で一緒に会見を見た参加者も、怒りに震えていた。TPPそのものについて、交渉について、あまりに無知であり不見識である首相は、いったい誰を向いて参加表明をしたのか。首相が何度も強調した「国益」「国柄」「美しい日本」を壊し、奪うのはまさに新自由主義に基づく自由貿易の推進であり、TPPそのものに他ならない。その現実に、私たちは最大の怒りを持って抗議声明文を読み上げた(註1)。

 

★シンガポールTPP交渉会合へ
安倍首相の「TPP参加表明」直後の記者会見
 
 首相の言葉が空疎であるのは、もう一つ大きな根拠がある。

 日米首脳会談後の二月末から三月初旬にかけて、東京新聞などのメディアでは「遅れてTPP交渉に参加したカナダやメキシコは、不利な条件をのまされて入った」という報道が続いた。つまり、交渉に参加するまでは条文テキストも見ることはできず、すでに決まった項目(分野)については議論を蒸し返すことはできない、文言の一つも変えることは許されない、という内容だ。この報道によって、多くの人たちはTPP参加への懸念を強くした。

 もちろんこのこと自体は、日本政府も以前から「掌握」していたし、TPP反対の運動や研究者、議員らは昨年の早い段階から指摘をし続けてきた事実である。それを知りながら、しかし「日本はルールメイキングに参加できる」という安倍首相は、まさにピエロとしかいいようがない。

 米国にとって、あるいは他の交渉国にとって当たりまえの交渉のルール・条件について、日本国内ではまったく別の説明がされている。このことが他国にはどう映るのか。そして日本のTPP交渉参加をどう受け止めているのか。


 こうした問題意識から、私は3月4日から13日までシンガポールで開催された第16回TPP交渉会合に参加した。「参加」といっても当然日本は参加国ではないので、かねてから交流の深い米国のNGOパブリック・シチズンのメンバーとして登録をしてもらい、ステークホルダー(利害関係者)としての参加だ。他に日本人は参加しておらずメディアではNHKの在シンガポール支局駐在員だけだった。交渉会合に参加するのは参加一一カ国の交渉担当官(約300名)と、ステークホルダーが約150(200~300名)である。

 
★米国の大企業が支配する交渉会議

 さて交渉の現場では、どのような議論が行なわれているのか。ご存じのとおり、TPP交渉は完全な秘密裡に行なわれる。他の貿易協定交渉と比べてもその密室性は際立ち、加えて特に米国の大企業の関与と支配のもとで進められている。例えば、米国の国会議員ですら条文テキストを見ることができないのだが、米国には貿易協定に関する「アドバイザー制度」なるものがあり、アドバイザーとされた約600の米国大企業・団体はテキストを自由に見ることができる(この制度の詳細については改めて本ブログで発信します)。

 そして実際に私もこうした企業有利の貿易交渉の実態をこの目で見ることができた。

 まず、ステークホルダーとは誰なのか。約150のステークホルダーのうち、8割は企業あるいは業界団体、企業連合で占められ、多くは米国企業だ。例えば穀物メジャーのカーギル、フェデックス、VISA、ナイキ、グーグル、フォード、GEなど私たちが「よく知った」企業がこぞって参加する。また「TPPを推進する米国企業連合」(米国内の大企業約100社が加盟)や、米国商工会議所、米国貿易緊急委員会(ECAT)、米国研究製薬工業協会(PhRMA)などの業界団体・企業連合も名を連ねた。登録は一団体としてだが、この背後にどれだけの企業の思惑があるのか、想像してみてほしい。

 これらの企業や団体は、会期中に一日だけある「ステークホルダー会議」の際に、プレゼンテーションやブース出展などをして、各国交渉担当官と自由に会話を交わす。会話とはもちろん「商談」である。「TPPが実現すればこれだけあなたの国に投資をします」「安くて品質のよい商品を売ります」などというのだ。もちろんこの日だけでなく、会期中、企業と各国交渉官が自由に約束して会うことも可能だ。

 実はTPP交渉の特異性はこのステークホルダー会議に表れている。WTO交渉のときでさえ、ここまであからさまに企業・企業連合が大挙してステークホルダーとして登録され、交渉会議と並行して「企業のプレゼン(=営業や商談)」をするなどということはなかった。交渉もまとまっていない、そのプロセスもまったく秘密裡にされているにもかかわらず、大企業と各国政府の間で密接な関係がつくられているのだとしたら、それはまさに、「大企業の、しかも米国の大企業のためのTPP」ということの証明だ。

 3月8日に開催されたレセプションは、なんと在シンガポール米国商工会議所の主催だった。なぜ、議長国でもない米国の、しかも商工会議所が大々的にこのような場を開くのか。招待状には「すべての交渉国の主要な産業ステークホルダーにお越しいただきたい。ここはTPPによる経済発展のためのネットワークと関係づくりの素晴らしい場となるでしょう」などと書かれている。冒頭のスピーチで同団体の代表は、「TPPで自由貿易をさらに促進すれば、各国の経済発展は必ず約束されている」と得意満面に語った。
 

★間接的にTPPに関与する日本の大企業

 もう一つ、大企業が促進するTPP交渉の事例をあげよう。

 交渉会合開始日の三月四日、「米国研究製薬工業協会: PhRMA」が、各国交渉担当官あてに、「知的所有権のさらなる強い保護を求める要望書」をリリースした。米国の大手製薬会社にとっては、知的所有権の確保は利潤追求のためもっとも重要な課題だ。要望書には「アルツハイマーやパーキンソン病、がんの治療薬開発にとって知財保護は必要」「研究のさらなる発展のためには知財の保護が不可欠」などと書かれている。また「知財は雇用の拡大、世界規模の経済発展、医薬品アクセスのために絶対に必要」とも書かれてあるが、実はその因果関係は意味不明である。なぜ米国を中心とする医薬品会社の知的所有権が強く守られることが、医薬品アクセスに貢献するのか。実際にはその逆である。世界中のエイズ患者が安価なジェネリック薬に頼って命をつないでいるのか、考えてみればすぐにわかることだ。

 さらにこの文書では、「韓米FTAで米国企業の市場が広がった」とまで書いてある。米国研究製薬工業協会の加盟企業は、ファイザーやジョンソン&ジョンソン、グラクソスミスクライン、ブリストル・マイヤーなどの米国多国籍企業だ。しかし日本の私たちがぜひ知らなければいけないのは、加盟企業にエーザイ株式会社や第一三共薬品株式会社などの日本企業も加わっているということだ(在米支社として加盟しているが、加盟企業リストのウェブサイトに飛ぶと多くが日本本社の英語ページへと飛ぶ)。※註2

 つまり、すでに日本企業は間接的にではあるが、米国企業・業界団体の一部として、TPP交渉の中で自らの利益を要求しているのだ。先述のとおり、大手医薬品企業の何社かは「アドバイザー」として交渉中のテキストを見ているだろう。それが米国研究製薬工業協会のような業界団体内でも共有され、日本企業も知ることになったとしても不自然ではない。

 TPPのような秘密裡の交渉においては、テキストを入手し、見ることは「勝者」の証だ。内容を知らずに交渉を自らの有利に運ぶことはできない。大きな反対の声があるにもかかわらず、日本の財界がTPP参加を一心不乱に進めようとする根拠はここにあるのではないだろうか。

 もう一つの例を挙げよう。今回の会議参加企業に米国の「クロップライフ株式会社」という多国籍農 薬企業がある。同社が世界に有するネットワークには日本の「農薬工業会」が加盟している。さらに農薬工業会のメンバーを見ると、日本モンサント、住友化学、ダウ・ケミカル日本株式会社などの名が並ぶ。経団連会長の米倉氏が住友化学の会長でもあり、住友化学は米国モンサント社と業務提携をしている事実は多くの人が知るところである。つまり、TPPという視点で日本と米国の大企業をつなぐ糸をたぐっていけば、これら企業群が次々と現れてくるのだ。この日本の大企業と米国企業との「密接な関係」についてはさらに調査を進める必要がある。

 
★重要情報リークと日本の参加問題

 日本のTPP交渉参加に関して、各国はどのように受け止めているのだろうか。すでに日本は参加表明してしまったが、その前に私が現地でつかんだ情報に基づけば、以下のようにまとめられる。日本での各報道とも符合する意見である。

「日本の参加は歓迎するが、交渉に遅滞をもたらさないでほしい。また『例外なき関税撤廃』というのがTPPの前提である」

「カナダやメキシコなど後から参加した国は当然、不利益な条件をのむ必要がある」

 そして、会合が終盤に近づいた3月10日、私たちは他の国際NGOメンバーとともに、米国の交渉担当官による「日本の参加問題」に関する大変重要な情報を、信頼できるルートからリークした。

 その担当官は、正式な交渉の場で他国に対し、「日本はもうすぐ参加表明をする。その際には、メキシコやカナダ同様、不利益な条件をのむことも合意している。もちろん決まった交渉を蒸し返すことも、文言一つ変えることも認められない。各国は七月までに日本との二国間協議を終わらせておいてほしい。日本の参加は九月の米国での交渉会合である」と述べたという。下記(太字)がその内容だ。
 
 

シンガポールでのTPP交渉会合の中で、米国の貿易担当官が、日本の交渉参加が認められるための手続きについて、他国の交渉官に対して次のように述べた。「日本は、カナダとメキシコがTPPに参加するために強いられた、非礼であり、かつ不公正な条件と同内容を合意している。つまり、事前に交渉テキストを見ることもできなければ、すでに確定した項目について、いかなる修正や文言の変更も認められない。新たな提案もできない」。さらに米国の担当官は、日本の参加表明がなされた後、参加各国は日本との二国間協議を7月までに完了させるように、との指示も行なった。つまり、日本は7月の会合には参加できず、9月の交渉会合までTPP交渉のテーブルにつくことはできないということである。9月の交渉会合は、TPP交渉国の首脳がAPEC会議にて集まり、交渉を「完了した」とサインするであろうといわれている10月の1か月前だ。しかも9月の会合は米国で持たれ、議長国は米国となるため、異論や再交渉の要求があっても、押えつけることが可能だ、と交渉担当官はいった。

 
 日本の参加表明以前に、つまり私たち国民に何の表明もなされていないこの時期に、TPP交渉の現場ではこのような協議が実際に進んでいるのである。驚きであり、何よりも屈辱的である。日本の国民はもちろん、日本の交渉官も首相もあずかり知らぬところで、日本の交渉参加についてここまで具体的な話が、米国のイニシアティブによって詰められているのだ。
 

 さて、冒頭の安倍首相のTPP交渉参加表明に戻ろう。

 首相は、「日本はルールメイキングに参加できる」と公言した。しかしそれはほぼ不可能である。少なくとも、前述のように米国や各国の交渉官はそのように認識していない。シンガポール会合の最終日、米国USTRは会合総括をリリースした。これによると、「交渉は(妥結に向け)加速し、関税、通信、規制、開発等の交渉はほぼ固まり、残るは知的財産権、競争、環境等の難問のみという(註3)。つまり大方の交渉はほぼ終盤になっているということだ。ここでもまた「今から参加して国益を守り交渉をうまく進める」という日本政府のウソが露呈している。

 さらに、日本の参加表明を受け、米国では次々と「歓迎」と「期待」と「要請」の声明が出されている。

「参加表明を歓迎するが、日本が米国からの自動車輸出や保険部門に関して十分に確約していないことを依然懸念する。交渉参加を支持するにはこれらの問題解決が不可欠」(キャンプ米下院歳入委員長)。【註4】

「日本のTPP参加は米国経済の利益になるので歓迎。しかし正式な交渉参加には政治的意志(=事前協議で米国の要求を受け入れること)が決定的に重要」(米国連邦議会上院金融委員会のマックス・ボーカス氏ら)【註5】

「日本の参加を歓迎するが、TPPはすべての産業分野の物品を含まなければならない」(=例外は認めない)」(カーギル社の声明)【註6】

 日本の参加を「歓迎」するこれら米国政府関係者や企業にとって、今回の参加表明は「単なる表明」に過ぎない。だからそれを機に、昨年から秘密裡に行なってきた日本と米国の「二国間協議」をさらに加速させるぞ、というメッセージをこれら関係者は強烈に発しているのだ。わかりやすくいえば、「参加表明しただけでTPP交渉に参加できると思ったら大間違い。本気で入りたいなら、『事前協議』にてさらに米国のいうことを呑みなさい」ということだ。具体的には、保険、自動車分野などで米国はこれまで以上の強い要請をしてくるはずである。

 日本政府は、こうした「不都合な真実」についてどう弁明するつもりなのか。国内向けには「大丈夫。しっかり交渉して日本の国益を守る」といっている。しかし交渉のテーブルにつく以前に、多くの条件を米国に差し出さなければ「入れてやらない」と、米国はいう。この食い違いは致命的であり、単なる解釈の違いという説明ではすまされない。

 私たちはこのようにすさまじく不平等であり、侮辱的であるTPP交渉参加を、何としてでも阻む必要がある。同時に、参加表明にいたるまでの日本政府のさまざまな非民主的な手続き(特に、公約を破った自民党)について、その実態を暴露し参院選に臨む必要もある。さらに、TPPに限らず、米国の政府と大企業に主権を売り渡そうと迫る新自由主義の流れそのものを食い止めていかなければいけない。反対運動は参加表明後にさらに盛り上がっている。みな、徹底的に怒っているのだ。ぜひ多くの方々とともにTPP反対運動を広げていきたい。


【註】

1▼抗議声明文:http://tpp.jimdo.com/
2▼米国研究製薬工業協会の加盟企業リスト:http://www.phrma.org/about/member-companies
3▼米国通商代表部(USTR)のTPP交渉終了後のリリース:http://www.ustr.gov/about-us/press-office/press-releases/2013/march/tpp-negotiations-higher-gear
4▼:http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPTJE92E01620130315
5▼:http://www.finance.senate.gov/newsroom/chairman/release/?id=f8d61409-d0f4-4b7c-8c7c-a5dfedf83a1c
6▼:http://www.cargill.com/news/company-statements/cargill-welcomes-japan-into-tpp-negotiations/index.jsp

 

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