2015年5月6日水曜日

日本の国会議員もTPP交渉テキストの閲覧が可能に!?―妥結へ向かう「落とし穴」にしてはならない







★秘密主義は米国の"ジャイアン・ルール"?

   20153月、私はブログにて「米国の国会議員はTPP交渉テキストの全文の閲覧が可能 ―日本ではなぜ、できないのか?」を執筆した。その反響は非常に大きく、多くの方々が「なぜ?」「驚いた」という声を寄せてくださった。その後、4月に入り国会議員への働きかけも仲間たちと行ない、民主党、社民党、共産党などの野党議員が国会にてこの件を質問し、政府との間でのやりとりも繰り広げられた。
 私が指摘したかった最大のポイントは、単に「米国では政府が自国議員にテキストを見せているようだから、日本の国会議員もそうしてほしい」という話ではない。
  すでに米国は2012年以降、厳しい条件つきとはいえ、国会議員に交渉テキストを閲覧させてきていた。また政府が任命する「貿易アドバイザー」といわれる役職の人間(約600人中、8割強が財界メンバー)にはテキストを閲覧させている。さらには今年1月以降、TPA法案提出がなされず、国会議員や市民社会からの秘密主義への不満が最大に達した際に、米国政府は公式な見解として「すべての国会議員へのテキスト全文へのアクセスを可能とする。これまで許されなかったスタッフの同行も許可する」という方針を打ち出した。USTRのホームページにもそう記載されている。4月27日付の米国紙『The Hill』の調査によれば、2012年から今日までの3年間で、40人の上院議員、3人の下院議員がその時々のUSTRの規定に従いTPP交渉のテキストを閲覧している。
  一方、TPP交渉参加12か国の間には「保秘契約」というものがある。そもそもそこには何と書かれているのか。そして米国のこの3年間の措置はこの保秘契約に違反しているのか、いないのか―ー。要するに、「保秘契約とは見せかけの約束であり、実は米国は他国には厳しい保秘義務を強いる一方、自国内では国内政治の都合で好きなように契約の解釈や運用を変えているというダブルスタンダードを用いているのではないか?」という疑念だ。これを私は「究極のジャイアン・ルール」と呼んできた。つまり米国と他国との間のこの不平等・非対称性こそが、TPPの持つ本質であり、「秘密主義」などと言っているのは実はまやかしに過ぎなかったということだ。そして最大の問題は、日本政府がこのような不平等ルールやその実態について、これまで一度も指摘をしたり苦言を呈したりしてこなかったのかだろうか?ということだ。

★国会議員からの情報開示を求める声

2015年4月10日 東京新聞
2015年4月9日日本農業新聞
 この問題を追及する国会議員の質問は4月上旬から下旬にかけて次々と行なわれた。詳しくは「 国会質問編 」を参照いただきたい。この質疑応答を見ていてわかったのは、これまで日本政府は米国のテキスト公開の具体的な運用実態を細かくつかんではいなかった、ということである。例えば422日に開催された「TPPを慎重に考える会」主催の学習会の際、内閣官房の交渉担当官は米国でのテキスト公開の実施について「現在調査中」とのみ答えている。また遡って330日、福島みずほ議員による「なぜ米国では議員への閲覧ができて日本ではできないのか?」との一連の国会質問に対して、甘利大臣は「アメリカ政府自身も条約上の守秘義務というのは他国にかなりきつく言っているところでありますから、その中でどういう開示の仕方をしていくんだろうと。全て公表しますということが本当にそのまま通るとはなかなか額面どおり理解できないところでありますから、アメリカの開示がどういう形になっていくのか注視をしているところであります」、「まずアメリカがどういう開示をしていくのか、それと、当然、アメリカと日本の秘密保持義務が掛かる掛かり方も違ってくると思いますから、その辺のことをしっかり精査をしたいと思っております」と答えている。


 その後も議員からの質問は止まることなく、マスメディアでも「米国では国会議員に開示」と報じられてきた。さらには民主党ら野党は4月24日、TPP交渉などで政府に情報開示を求める「情報開示法」案を衆院に提出。これらの動きが連続する中で、日本政府も無視できない状況が生み出されてきた。
  そして決定的だったのは416日、米国でのTPA法案提出である。この法案では国会議員へのテキスト開示を今まで以上に、しかも妥結前にも進めるとの記載がされている。死にもの狂いでTPA法案を早急に可決させたい米国のジャイアン・ルールも、ここまで勝手極まってくるか、という印象を私は持たざるを得なかった。もちろん書かれている通りの情報開示がなされる保障はない。米国NGOや労働組合などは、TPA法案に書かれた情報開示はまやかしに過ぎないと即座に批判し、国会議員だけでなくすべての国民へのテキスト開示を求めている。もちろんそれは当然の正しい主張だと思う。私はTPA法案に猛然と反対する米国市民社会に賛同しつつ、一方でこんな勝手なルールに振り回されて続ける日本政府の態度を問うてきたのだ。

★日本政府による「国会議員へのテキスト開示」方針

 こうした状況を受けて、55日、米国訪問中の西村内閣官房副大臣は、「日本の国会議員にもTPP交渉テキストの閲覧を許す」という方針を記者会見で発表した。すでに日本のニュースでも報じられているが、一部分しか伝えられないはずなので、独自に入手した会見全体の記録から、テキスト開示に関わる部分の副大臣のコメント要旨を少し詳しくご紹介する(副大臣は他にもTPA法案の見通しや日米協議などについてもコメントしているが今回は割愛する)。

・情報開示について、今回(米国の)議員と話し、USTRは対外的に情報を出さないという条件で議員にテキストへのアクセスを認めていることを確認した。日本でも(日本に)戻ってから相談するが、来週以降テキストへのアクセスを国会議員に認める方向で調整したい。
・日本の場合、外に情報を出さないという一定のルールづくりを詰めなければいけない。米国では守秘義務が厳格で、ある議員は「何か漏らすと訴追される」とも言っていた。日本では国会議員に守秘義務、罰則がないため方法を考えなければいけない。
・このルール・方法についての法令整備を行う時間はないだろう。国会と一定のルールについて整理し、一定の約束の下でアクセスできるようにしたい。
・USTRがどの程度まで閲覧を認めているのかは、USTRに照会をかけている。USTRのやり方を参考にしたい。
・なぜこの時期にかといえば、交渉が最終段階に来ていること、USTRも同様の運用をしていることなどが理由である。日本でも国会議員からいろいろな委員会で質問を受けており開示を求められているので総合的に判断し検討したい。できるだけ早いタイミングで行いたい。

 確かに、これまで日本では国会議員にも一切テキストの開示も閲覧も許されてこなかったことを考えると、いわゆる説明責任という観点からは一歩前進、ではある。「日本も米国にならってやっと交渉テキストを公開するのだ。よかったじゃないか」と思う人もいるかもしれない。しかしここには大きな落とし穴が用意される危険性が大いにあることを強く指摘しておかなければならない。連休明けからこの件は話題になると思うが、下記の論点・問題を抜きに、日本政府の「開示への前進」を評価してしまうのはあまりにも表面的かつ危険である恐れがある。
 
【国会議員によるTPP交渉テキスト閲覧にあたっての5つの論点】

1.そもそも「保秘契約」の中身とは何なのか?
 先述の通りTPP交渉には12か国間で取り交わす「保秘契約」がある。この契約の中身自身が「秘密」であるため、私たちには「どのような情報を漏らしてはいけないのか」「どの範囲までなら許されるのか」「違反したらどうなるのか」などの内容すらわからない。約束の中身、つまり立ち返る規範がわからなければ、実際の行為が違反しているのかどうかも当然わからない。
  今回のテキスト開示の問題でいえば、米国が2012年頃から国会議員に条件付開示をしてきたこと、また貿易アドバイザーには閲覧させていることは、果たして保秘契約違反なのかどうか。あるいは今年に入って米国がすべての国会議員への全文アクセスを許可すると大々的にアナウンスしたことは、違反にあたらないのか?  さらにいえば、日本がこのたび「国会議員へのテキスト閲覧を許す」と発表したことは、契約違反にあたるのかどうか?またこれまでは「保秘契約があるので無理」だったのに、なぜ今は「可能」なのか―ー?
  仮にこれらが保秘契約違反だったとしたら、すでにTPP交渉は破たんではないだろうか。あるいは違反していなかったのだとしたら、なぜ今まで日本政府は「米国のように」積極的に開示してこなかったのか。いずれにしても国会での説明はもう免れることはできない。国会議員への閲覧を許可する際の大前提として、政府は保秘契約の中身について開示する責任がある。そしてもちろん、形骸化し一国だけのわがままルールとなっている保秘契約それ自身を、早急に破棄すべきと私は考えている。

2.米国や他国のテキスト開示の実態はどうなっているのか?
 これも先述の通り、これまで日本政府は各国における情報開示のやり方について、詳細な把握は十分できていなかったようだ。甘利大臣や西村副大臣の答弁や記者会見でのコメントからもそのことが伝わる。甘利大臣も西村副大臣もそろって「USTRに照会中」「アメリカと日本の秘密保持義務が掛かる掛かり方も違ってくると思いますから、その辺のことをしっかり精査をしたいと思っております」というような発言をしている。要は米国の実態を把握し、それに沿ってやるということのようだが、政府が把握した結果について、保秘契約内容の開示とも関連し、私たち国民に知らせるべきである。
  さらにいえば、12か国で交渉しているはずのTPPなのに、なぜ日本政府は「米国の情報開示の方針や方法を調べる、参考にする」としかいわないのか。マレーシアやベトナム、カナダ、メキシコは? ジャイアンに許可をもらえばその範囲内のことはできる、ということなのだろうか? ここでも「誰が(どの国が)TPPというルールを支配しているのか」が明らかであり、また貿易問題以外の日米関係の不平等性もかかわってくるのではないか。

3.開示の具体的な運用のしくみやルールはどのようになるのか?
 55日の西村副大臣の記者会見コメントでは、具体的な運用やルールは帰国後に検討する、ということであった。実はこの運用やルールづくりがもっともやっかいであり、そして情報開示を本当の意味で民主主義を具現化したものとするのか、あるいは単なる形式やエクスキューズとするのかの分け目となる。かなり技術的な議論にもなるが、仮に国会議員へのアクセスが可能となる場合、大きく言って下記のような内容・条件が確保される必要があると私は考えている。
 ①テキストは原文(英語)と政府による日本語訳の両方をセットにしなければならない
  国会議員も国民も、原文だけを見せられても意味不明である。しかし政府による翻訳あるいは抄訳だけ見せられても不十分である。原文と翻訳の両方をセットにして閲覧可能とするべきである。
 ②国会議員本人だけでなく、専門性を持つ秘書などのスタッフの同行も許されるべき
  米国ではすでに今年に入って、スタッフの同行も許可されている。TPPの交渉分野は非常に広く、国会議員自身だけでは必ずしも専門性をもった分析が十分でない場合もあるので、閲覧には必ず秘書などのスタッフ同席が許されるべきである。
 ③テキストに書かれていない内容の説明を政府は議員の要請に応じて行なうこと
  国会議員が閲覧したテキストに関して、交渉プロセスや日本政府の方針などについて説明を求めた際には、テキストそのものに書かれてある文言以外の、交渉プロセスにおける議論や各国の主張の違い、日本政府の具体的提案などについて政府は説明しなければならない。米国の国会議員はすでに、単にテキストを見せられることでは意味があまりなく、交渉のプロセスや「書かれていないこと」(例えば為替操作禁止条項など)について政府はどのようにするつもりか、他国は何を主張しているのか、などの説明を政府に求めてもいる。考えてみれば当然の話だが、テキストの「行間」も併せて開示されなければ意味がない。
 
4.大筋合意や妥結の前に開示はなされるのか?
 西村副大臣が国会議員へのテキスト閲覧の方針をコメントしたのは55日。折しも安倍首相訪米の直後であり、そしてTPP交渉全体の行方を握る米国TPA法案の審議がいよいよ本格化するという時期である。この「タイミング」は何を意味しているのだろうか。素直に考えれば、米国が国会議員への全文テキスト閲覧を発表したのが318日、その後の4月上旬~下旬にかけて日本では国会議員の質問や情報開示法案の提出などが起こる。これと並行して日本政府が米国における閲覧の状況を調べ、その結果55日に発表、となる。
  しかしやはり気になるのはTPA法案の動きと日米協議の進展具合である。穿った見方をすれば、日本で国会議員に何らかの形でテキストを公開するということが、日米協議やTPA法案問題とも関連しながら囁かれる「夏までの妥結」に向かうエクスキューズになりはしないか。つまりいよいよ合意や妥結が近づいてきたというタイミングで、「ある程度の情報開示」を与野党の国会議員への「説得材料」にするという危険性である。
  TPP交渉テキストは、それ自体を何百回見ても本当の狙いにたどり着くのは困難な代物だろう。だからこそ、先に書いた「書かれていないことについての説明」や「交渉のプロセス」の説明が重要なのである。そのことを考えるとき、これから日本政府がどのようなスケジュール感で議員に閲覧を許していくのかが決定的に重要である。「大筋合意」に至るまでの間に、閲覧と説明がなされなければならないし、逆にいえばそのことがなされない限りは、妥結をしてはいけない、という「条件」を国会でしっかりと規定していかなければならない。もちろん政府が閲覧と説明をしたからといって大筋合意をしてよいということにはならない。閲覧や説明は前提条件であって、それがなされて初めて、日本にとってTPPが有益なのかどうかの議論が始まる、ということである。

5.国会決議で約束した「国民的議論」を
―国会議員だけでなくすべての人びとにテキストは開示されなければならない
 この点は、1~4までの国会議員への閲覧に関する論点とは位相が異なる。しかし何よりも重要な問題である。2013年4月、自民党は国会決議で情報開示に関して以下のことを採択している。
「交渉により収集した情報については、国会に速やかに報告するともに、国民への十分な情報提供を行い、幅広い国民的議論を行うよう措置すること」。
 この決議に照らしてみると、これまで国会への報告はもちろんのこと、国民的議論に足るような情報提供が十分になされてきたとは言い難い。政府は、何回も各地で説明会を実施したりホームページで交渉に関する情報をたくさん提供している、という主張を繰り返しているが、それでは本当の意味での「国民的議論」は起こるはずがない。なぜなら、提供される情報とは、常に交渉の日程やどの分野で行ってきたかなどの概要、あるいは「テキストがほぼ固まっているのはこの分野」「この分野はまだ決着がついていない」などの説明であり、肝心の「中身」についてはまったく説明されないからだ。
  なぜ政府が中身を説明できないのかといえば、これまで何度も繰り返してきた「保秘契約」があるからという理由だ。しかし先述のとおり、保秘契約そのものの平等性・普遍性がすでに破たんしている可能性がある。そのような契約のもと情報が長らく開示されていないのだとすれば、あるいは「開示してもいいはずの内容を日本政府の独自の判断でしてこなかった」のだとすれば、政府の責任はあまりにも重い。
  TPPは机上で練られたテキスト文書の上だけで完結するはずはない。私たちの暮らしや仕事、地域社会のあり様、社会の制度、主権そのものまでをも脅かす危機であるからこそ、懸念や反対の声が今も続いているのである。米国のなりふり構わぬルール違反(あるいはダブルスタンダード)が徐々に明らかになってきている今、「もういい加減、秘密隠しごっこはやめよう」と毅然と主張することこそが、日本政府がすべての交渉国そして日本の人びとに対するフェアで誠実な態度ではないだろうか。そしてそのことは、民主主義国家の政府として決して誤った選択ではなく、長期的に見て国際的にも大きな信頼を得られる英断であると私は思う。
  
情報開示の問題は、TPPに賛成であれ反対であれ、あるいは「わからない」という立場の人であれ、大きく、等しく、かかわる問題である。私たちが日々協働している米国NGOパブリック・シチズンの創設者ラルフ・ネーダー氏は、かつて「情報は民主主義の通貨である」と語った。正しく、誰にも歪められていない情報に等しくアクセスできることで初めて、私たちは考え、他者の意見や立場も知り、比較もしながら、自分の意見を決めることができる。そもそもここまで情報が隠されてきたこと自身が「異常な」協定であり、あり得ないという当たり前の論理を決して手放さずに動いていきたいと強く思う。 


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