2020年4月13日月曜日

COVID-19と貿易―世界各国に広がる貿易制限措置

 新型コロナウイルスの猛威が世界に広がる中、各国は自国の医療関連製品・医薬品の他、食料を確保するための様々な措置を取り始めている。具体的には、医療機器や医薬品の輸出禁止、またこれらの輸出に関して厳しい認可制度を設置するなどである。
 2020年4月3日、米国の戦略国際問題研究所(CSIS)は、新型コロナウイルスの発症者が増加する中で各国が講じた貿易関連の措置についてデータをまとめた。これによれば、40カ国が医療関連製品の輸出に何らかの制限を課し、150カ国以上が渡航制限をとった。さらに複数の国が農産物の輸出を禁止・制限をしている(図1)。ちなみに2020年4月13日現在、日本は渡航制限はしているが、輸出制限措置はとっていない。民間のシンクタンクだけでなく、当然WTOもこうした貿易制限的な措置については各国からの通報をデータベース化している。


世界における貿易制限措置および渡航制限措置(2020年4月3日現在)
=輸出制限のみ =渡航制限のみ =輸出・渡航の両方を制限


















※国別の詳細はCATO Insutituteを参照

 医療関連製品の輸出規制については、マスクや手袋はじめ多くの医療関連製品が対象となっている。フランス、インド、英国を含む多くの国がこれら製品の輸出禁止、輸出許可制度の導入の他、仮に供給者が海外に輸出をした場合その許認可を取り消すなどの厳しい措置を講じている。


 こうした各国の措置は、国際的な貿易ルールによって担保されている。WTOの関税及び貿易に関する一般協定(GATT)の第11条では、「1.締約国は、他の締約国の領域の産品の輸入について、又は領他の締約国の域に仕向けられ若しくは輸出のたる産品の輸出めの販売について、割当によると、輸入又は輸出の許可によると、その他の措置によるとを問わず、関税その他の課徴金以外のいかなる禁止又は制限も新設し、又は維持してはならない。」(傍線筆者、以下同)と、輸出に関する制限をしてはならない旨を規定している。しかし続く第2項で「2.前項の規定は、次のものには適用しない。」とし、いくつかの例外を設けている。この例外として挙げられているものの一つが、「(a) 輸出の禁止又は制限で、食糧その他輸出締約国にとつて不可欠の産品の危機的な不足を防止し、又は緩和するために一時的に課するもの」であり、これが今回の新型コロナウイルス蔓延に際し、各国の輸出禁止や輸出制限措置を正当とする根拠となる。

 またWTOの「サービスの貿易に関する一般協定(GATS)」においても、第14条「一般的例外」で「公衆の道徳の保護又は公の秩序の維持のために必要な措置」を各国がとることは例外として認められている。
 
 さらに同じくWTOの「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)」では、各国(特に途上国)にて感染症などにより公衆衛生の危機が生じた場合、製薬企業が持つ医薬品特許について、特許権者の事前の承諾を得ることなく、その特許技術を使うことができる「強制実施権」が認められている。この背景には、1990年代、アフリカでHIV/エイズが蔓延した際、何百万人もが命を落とした悲惨な経験がある。先進国の製薬企業が開発した医薬品は、特許で保護されたため高額となり、薬はあるのに人々の手に届かなかったからである。この危機に対し、国際市民社会はTRIPSの特許規定に柔軟性を求め、最終的に強制実施権を勝ち取ってきたのだ。


 このように現在、各国が採用しているマスクや医療機器、食料の輸出禁止措置などは、WTOの例外措置として認められ、各政府に一定の政策スペースを提供している。また各国が自国の国民の健康と安全を守ることは第一義的に重要であり、一時的な輸出規制などは主権として当然認められるべきだ。その意味で、私はこれら措置をとる国を「保護主義だ」と批判する気は毛頭ない。
 しかし、新型コロナウイルスの世界規模の感染拡大は、これまでにない規模の打撃を健康そして経済に与えることは明らかだ。その際には、本来であれば、各国が協調してグローバルなレベルでの危機対応を行う必要がある。しかし現状は、各国が次々と輸出禁止措置を講じるなどその対応はバラバラである。多国間交渉の枠組みであるWTO自身が瀕死の状態であり、またグローバリゼーションを牽引してきた米国自身が身勝手なふるまいをする中で、こうした事態が生じることは必然的でもある。問題は、こうした状態がさらに長期化し、開かれた多国間交渉の場が設定されなければ、例えば医療機器の流通が止まったり、あるいは食料貿易が滞り、最も脆弱な途上国の人々に甚大な影響が出ることだ。もちろん先進国の私たちにとっても大きな被害がもたらされる。 ちなみに2020年6月、2年に1度のWTO閣僚会合がカザフスタンで開催される予定だったが、新型コロナウイルスの影響のため延期された。しかし主に先進国はインターネット等を使って、漁業補助金やデジタル経済分野など、急ぐ必要もないあるいは途上国の発言力が弱い分野の交渉を進めようとしており、国際市民社会はそうした方法の透明性の欠如を批判し、交渉を中断するよう求めている。
 この危機は、一国だけで解決できるものでは到底ない。ウイルスの封じ込めも経済対策も、国際社会が全体で取り組む必要があり、その際には、これまでの新自由主義的政策、自由貿易に依拠した持続不可能なパラダイムから大きく転換しなければならない。

※次回は、各国の医療製品や食料貿易についての具体的な輸出禁止措置について紹介します。

※参考
https://www.csis.org/analysis/trade-symptoms-pandemic



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