2014年11月14日金曜日

新サービス貿易協定(TiSA)は何を目指しているのか ―いのちの市場化を進めるもう一つの貿易協定



企業は軽々と国境を超える。グローバル大企業、多国籍企業となればなおさらだ。
1980年代以降の世界の貿易は拡大し、WTO(世界貿易機関)のような多国間での貿易ルールづくり、そしてFTA(二国間貿易協定)やTPPのような地域経済連携協定と、時代は変化してきたが、一貫して変わらないのは、グローバル大企業に有利なルールづくりである。このルールは、私たちが生きるために不可欠な営みを、丸ごと市場原理に投げ出そうとする。数十年前から現在まで、そしてこの先当分の間は、この市場化の波は私たちの暮らしや社会全体に押し寄せてくる。まさに「利潤か、いのちか」という攻防の只中に、私たちは生きているのである。

TPP交渉は2013年の日本参加以来、妥結には至っていない。日本国内での農業、医療、消費者団体など幅広い分野の人びとの反対運動、そして交渉国12か国それぞれの利害の対立(とりわけ日米関税協議)がその大きな理由である。TPPは「1%の大企業がグローバル経済を支配するためのツール」である。私自身、実際に交渉の現場に足を運んだり、日々米国内の企業や農産物輸出団体の動きをウォッチする中で、そのことを痛感する。また日本においても、アベノミクスに代表される企業優遇措置政策、農協解体や混合診療解体などを推進する政府、財界、官僚がいる。TPPを早期に妥結したがっているのは米国だけではない。こうした勢力、特に米国政府・財界が、TPPの妥結が困難だからといって、ここまで進んできた交渉を放り出すはずはないのだが、「TPPが妥結しない」という彼らにとって最悪の可能性を考えれば、何らか保障はしておきたい。またTPPが仮に妥結したとしたら、TPPをさらに強化するものとして何らかの手段があればなおありがたい。その「何か」が、今回論じる「新サービス貿易協定(TiSA)」である。

TiSAとは何か―WTOGATSからTiSAへの流れと米国の戦略

TiSAの交渉参加国(出典:http://know-ttip.eu/tisa/)
 新サービス貿易協定(Trade in Service Agreement)とは、20136月に交渉が公式に始まった貿易協定である。参加国は日本、米国、オーストラリア、カナダ、メキシコ、そしてEU、韓国、トルコ、パキスタンなど合わせて22か国と、EU(欧州連合)であり、EU各国を1国とすれば50か国にもなる。TPPより参加国も多く、また日米、EUが参加しているため経済規模も非常に大きい。TPP交渉参加国12カ国のうち8か国はTiSAに参加している(参加していないのはマレーシア、ブルネイ、シンガポール、ベトナム)。
 TiSAはその名の通り、「サービス貿易」の協定である。TiSAの本質やその問題的を理解する上で、まずはこのサービス貿易の基本を押さえておこう。
1990年代半ばまでの世界の貿易は、モノの貿易の割合が圧倒的に多かった。従って国と国との貿易交渉において主要な議題となったのは、モノの関税削減である。自動車しかり、牛肉やオレンジしかり、現在のTPP交渉の中でいえば農産物や自動車の関税の議論がそれである。しかし経済のグローバル化に伴い、形ある「モノ」だけでなく「サービス」が貿易に占める割合が増加していく。こうした流れを受け1995年、WTO発足に伴って、世界で初めてのサービス貿易に関する多国間協定が発効された。「サービス貿易に関する一般協定(GATS)」と呼ばれる協定であり、WTO加盟国が批准している。国際的な貿易の流れ(特に先進国にとって)は、これを起点としてモノからサービスへと本格的に移行していく。「サービス貿易」の対象となるのはどのような取引、行為なのだろうか。GATSが締結される際に、WTOはサービス貿易を4つの形態に分けて定義している。この定義は、基本的にはTiSAにも引き継がれている。

ある国のサービス事業者が、自国に居ながらにして外国にいる顧客にサービスを提供する場合(越境取引=第1モード)
ある国の人が、外国に行った際に現地のサービス事業者からサービスの提供を受ける場合(国外消費=第2モード)
ある国のサービス事業者が、外国に支店・現地法人などの拠点を設置してサービスの提供を行う場合(拠点の設置=第3モード)
ある国のサービス事業者が、社員や専門家を外国に派遣して、外国にいる顧客にサービスを提供する場合(自然人の移動=第4モード)

またサービス貿易がカヴァーする12の分野、領域は以下の通りである。

GATSTiSAにおけるサービス貿易の12分野

1.実務(自由職業や研究、開発、不動産など)
2.通信(郵便、通信、音響映像など)
3.建設及び関連のエンジニアリングサービス
4.流通
5.教育
6.環境(汚水や廃棄物処理など含む)
7.金融(保険、銀行など)
8.健康関連及び社会事業サービス(病院を含む)
9.観光及び旅行に関連するサービス
10.娯楽、文化及びスポーツのサービス(通信社、図書館など含む)
11.運送
12. いずれにも含まれないその他のサービス

 ほとんどのものが、私たちの日常に欠かせないことは一目瞭然だ。バス、電車などの運送サービスや銀行・保険などの金融サービス、電話・ファックスなどの通信サービス、デパートなどの流通サービス等々、また私たちが海外旅行に行って観光やショッピングをすることもサービス貿易であるのだ。
GATSは、WTO交渉に付随して2005年以来、交渉が進められてきた。しかしWTO交渉は先進国と途上国、そして新興国の間で関税やサービス貿易など多くの分野で真っ向から対立、すでに「死に体」となっている。これに伴いGATS交渉の動きも2006年以降、完全に止まってしまった。しかしそれでは、サービス貿易を推進したい米国など先進国の意図は実現できない。そこで登場した新たな貿易交渉の「舞台」がTiSAなのである。
TiSAの公式スタートは20136月だが、実はその前の2012年からGATSの中の「有志国」が、GATS交渉とは違う枠組みを模索してきたという。米国は、一向に進まず破綻寸前のWTO交渉を見限り、二国間貿易協定(FTA)やTPPなどの地域貿易協定にシフトしてきたわけだが、サービス貿易に関しても同様に、「中身が獲得できれば、器は何でもいい」と言わんばかりの態度で貿易協定を乗り換えてきたのだ。
米国の貿易戦略が反映されているといわれる『通商政策アジェンダ』(2014年版)の中には、米国にとって重要な貿易協定として、以下ものがあげられている。
TPP
TTIP(米国EU貿易・投資パートナーシップ協定)
iSA(新サービス貿易協定)
また米国だけでなく、EUTiSAには積極的だといわれている。

TiSAの何が問題なのか

 端的に言えば、「TiSAとは、TPPから関税分野を取り除いたもの」である。つまりTPPで懸念されている非関税分野への影響―医療や保険、雇用、食の安全・安心が脅かされる、などすべてがTiSAで考えられる懸念となる。私は特に、日本の公共サービス(電気、ガス、水道や教育、医療など)への自由化の波がさらに強まるのではないかと懸念している。なぜなら、GATS時代にすでに、公共サービスは「必要性」ではなく、「効率」「採算」を重視するサービス貿易の対象とされ、TiSAではその「自由化度」をさらに高めるとしているからである。

(1)徹底した貿易の自由化
 先述したとおり、TiSAには実に多くの分野が含まれているが、実は先進国においては多くのサービス分野がすでに一定程度以上、自由化されている。しかし、例えば日本のような先進国の中で、自由化されていないサービス部門には、「水道」「教育」「医療」などの公共サービスが挙げられる。フランスや米国など先進国の水道会社や教育サービス事業者、医療業界は、途上国に進出したいと同時に、日本のような先進国の「閉鎖的な」公共サービス部門に参入しようとしているのだ。その意味でTiSAにおける対立構図とは、「先進国対途上国」に加えて、「先進国の大企業対すべての国の人びと」ととらえるべきである。
 しかもTiSAは、GATS時代よりもさらなる「高度な自由化」を求めており、交渉対象から特定の分野を除外しないことを参加国は同意しているという。
 GATS時代からTiSAに引き継がれているサービス貿易の自由化原則に、以下のものがある。わかりにくい単語が並ぶが、要は、TPPの多くの分野で議論されているように、「外国企業がさらに進出しやすくするために、規制をするな、取っ払え」ということである。

最恵国待遇 (MFN Most-favored-Nation Treatment) 義務
加盟国のサービスやサービス提供者に対して、他の加盟国の同種のサービス提供者に与える待遇より、不利でない待遇を与えなければならない。つまり加盟国がお互いに平等・無差別に扱われるという義務。

市場アクセス(MA : Market-Access) 義務
加盟国は、自国市場へのアクセスを約束した範囲において、以下の措置が禁止。
*サービス提供者の数や、取引総額・資産の制限(例:需給調整に基づく免許の付与、国内市場における外資系企業の占めるシェアの制限、テレビでの外国映画の放映時間の制限、交通機関の運行回数の制限など)
*サービスを提供する事業体の形態の制限・要求や外国資本の参加制限(例:支店設置要求、合弁要求、法人設立要求)

内国民待遇 (NT National-Treatment) 義務
約束した範囲において、他の加盟国のサービス提供者に対して、自国の同種のサービス提供者に与える待遇よりも不利でない待遇を与えなければならない。

(2)一度規制緩和したら後戻りができない「ラチェット条項」―政府の権限が弱められる
 TiSAには、「スタンドスティル条項」と「ラチェット条項」といわれるものが含まれている。前者は、現行の自由化の水準を一律に凍結することを義務付けるものであり、後者は、いったん自由化した中身を、後になって規制を加えたり最高有化することを禁じた条項である。例えば、ある国の中に公的健康保険制度による医療保険サービスがあるとしよう。これを一時的あるいは試験的に、民間保険制度を実施したとする。その際に、「我が国の健康保険部門はTiSAの例外とする」とはっきりと盛り込んでおかない限り、将来にわたってこの医療保険サービスを公的保険制度に戻すことは、「TiSA違反」ことになる。
 実は私たちの暮らしにかかわる様々な制度やサービス提供には、決して公的なものだけでなく、企業も参入しているしNPOなどによっても担われているものも多い。いわばそれらが混合されたシステムの中で、サービスが提供されているのが実態だ。それらの比重や選択肢は流動的であり、各国によっても異なる。だからこそ、それぞれの国の政府が自国の人々にとって必要な規制や制度を設け、特に公共サービスやいのちに関わる分野のサービスに関しては、安価で平等なサービスが提供されるよう、よりよい政策を実行する責任がある。しかしTiSAは、こうした各国政府の権限を限りなく弱体化させ、国内法や規制よりも自由貿易協定が上位に来るという形をとる。TPPにも共通するが、まさに私たちの主権が奪われるということなのだ。

(3)民主主義に反する秘密交渉
 すでに日本も参加し、1年以上も交渉が進んでいるTiSAについて、多くの人が知らされていないのはなぜなのか。TiSA交渉はTPP同様、過剰といえる秘密主義がとられているからだ。日本政府でTiSA交渉を担当しているのは外務省だが、そのホームページを見ても交渉に関する詳しい内容はまったくといっていいほど掲載されていない。マスメディアも同様で、交渉は23か月に一度開催されているが、そのこと自体も報道すらされていない。与野党含めて、国会議員の多くはTiSAという単語すら知らないのではないだろうか。
 TiSA交渉の場は、すべてのWTO加盟国に開かれているわけではなく(オブザーバー資格も)、交渉内容は秘密とされている。米国の交渉に関する提案は、「TiSA発効日から5年間、協定が実施されない場合には交渉終結から5年間」機密扱いにするというものだ。TPPのそれが「4年間」であることと比べても、より秘密性が高いといえる。実際に、国際NGOTiSAに対して警鐘を鳴らし、交渉会合のウォッチも続けているが、TPPよりもさらに情報の壁は厚い。

★終わりに
 WTOGATS、そしてTPPTiSA――このような無機的なアルファベットを並べられただけで、多くの人は「難しい話」「自分には関係のない話」と受け止めてしまうだろう。しかしこれら自由貿易協定がめざす中身は共通して、単純明快でありまた私たちの暮らしに直結している。つまり、「グローバル大企業や一部の富裕層がさらに豊かになる”ツール”」であり、言い換えればそうした勢力によって「いのちの市場化」が進められているという恐ろしい現実だ。貿易協定の名前は変わったり、参加する国が違っていたとしても、基本的にWTOからFTA時代へ、そしてメガFTA時代へ突入している現在、いのちの市場化の流れは共通している。

 繰り返すが、TPPから関税部分だけを取り除いたのがTiSAである、ということをふまえれば、私たちの暮らしへの影響は多大である。にもかからず、TiSAそのものや交渉過程がここまで私たちに知らされていないという状況は、危機的である。すでにヨーロッパや米国の市民社会では、TiSAとTTIP、CETAを「大企業に優先な貿易のルールづくり」として位置づけ、批判キャンペーンなども行われている。去る10月11日にはデモなどのアクションも行われた。

妥結後に日本にとって懸念される水道、医療、教育などの公共サービス分野からはもちろん、市民社会全体で、TiSAへの批判的な分析や国会議員へのロビイ活動、キャンペーンなどを早急に立ち上げなければならない。私もEUや米国の国際NGOメンバーとともに、TPP同様、今後
はTiSAに関してもできる限り情報発信やアクションに取り組もうと考えている。ぜひ多くの方の参加を呼びかけたい。


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